自分の責務とは
山中 藤井さん、コマーシャルにも出られるようになったでしょう。緊張しませんでしたか?
藤井 ふだんの棋士としての活動ではまったく体験できないようなことなので、少し戸惑うところもあったんですけれども、それも含めて自分としても楽しくやることができたかなと思います。対局の時はカメラに映っていることや自分の動きについてもあまり意識していないので、CM撮影は対局よりも緊張しましたけれども、初めて知ることも多くて新鮮でした。

プレッシャーについてCMの撮影でご一緒した俳優の本木雅弘さんから聞いた話が面白かったです。本木さんがアカデミー賞の取材でキャシー・ベイツさんという女優さんにプレッシャーの解消法について尋ねたら、彼女は赤ずきんちゃんがオオカミに食べられてしまうんじゃなくて、逆にオオカミを自分で食べる、自分がのみ込むというふうにイメージして自分を奮い立たせるということでした。
山中 ほぉ、俳優さんのような大きな注目を浴びている方がプレッシャーに打ち勝つためには、それくらいの意気込みが必要なんでしょうね。
スポーツでよく「ゾーンに入る」ということが言われますよね。極限の集中状態に入ると、相手のことはまったく気にならなくなる。藤井さんの活躍をずっと見ていると、もう周りの盛り上がり方がすごいでしょう。だからたぶん、対戦相手とかメディアの人とかファンの方とか、気にし出したらとても気になるだろうな、でも藤井さんはものすごく集中して大丈夫なんだろうな、と思っていました。
藤井さんも今後、将棋に関連はしているけれども対局そのものではないような機会がどうしても増えてくると思うんですね。今でもそうですが、今後ますます将棋界の看板を背負っていくような立場になりますので。
でもそれはそれで非常に重要なんです。
僕もiPS細胞を開発してノーベル賞をいただいたことで、ある意味日本の科学者の代表の1人のように考えていただくこともあるので、それに関連する仕事もかなりあるんですね。それは重要だと思って一生懸命やるんです。でも本来の研究に使う時間が取られてしまうので、そこはフラストレーションを常に抱えています。
藤井さんは、今もすでにそういう状況かもしれないですが、今後さらにそうなる可能性があると思います。そのバランスですよね。これを自分でどう決めるのか。「自分はもう勝負に徹する」というのも一つの考え方でしょう。「いや、日本の将棋界をもっと盛り上げたい、それに貢献したい」と思うのも、当然の考え方です。
それと似たようなジレンマが僕もずっとあります。きっと藤井さんも、これからさらにそういう場面が増えるんじゃないかなと思います。両方大切なんですけれども、体は1つだし、1日は24時間なので、と日々思っています。