2021.12.27
# 中国

別れ話のもつれを「世界的事件」に拡げた中国女子テニスプレーヤーの激情

彭帥事件の真相を読み解いてみたら
北村 豊 プロフィール

要するに別れ話のもつれ

2人が復縁してから2年以上が経過した2021年10月30日の夜、彭帥は張高麗と激しく言い争った。その時、張高麗が彭帥に「11月2日の午後にここ(張高麗邸)でまたゆっくり話そう」と言うのを聞いて彭帥は自宅に戻った。

そして、約束した11月2日の昼頃、張高麗は電話をかけて来たが、彭帥が電話に出ると、張高麗は素っ気ない感じで「また連絡するから」とだけ言って電話を切った。この素気なさは彭帥の感情を痛く傷つけたが、彭帥は張高麗がよんどころない事情で手短に電話を切ったのだから、しばらく待てばまた電話をかけて来るだろうと張高麗からの電話を待った。

しかし、いくら待っても張高麗からの電話は来なかった。「また連絡するから」というせりふは2012年に張高麗が彭帥との関係を絶った時と同じである。そう考えた彭帥は張高麗が1度ならず2度までも自分を弄んで捨てようとしていると考え、怒り心頭に発したのだった。この悔しさと憤りを晴らすにはどうすればよいのか。

相手はかつて国家最高指導部の一員だった人物であり、彼の非道を世間に訴えるには告発文を微博(ウェイボー)に投稿するのが最も効果的だと考えて、その日の夜10時過ぎに怒りに任せて一気に書き上げた告発文を微博に投稿したのだった。

 

当該告発文は通常ならば中国の厳重なネット検閲によって速やかに削除される筈であったが、投稿者が彭帥という著名人であったことから検閲者が逡巡したのか(明確な理由は定かでないが)、告発文がネット上から削除されたのは投稿から20分後であった。この告発文は当然ながら中国語で書かれていたから、この20分間に海外の華人に読まれて拡散され、その重要性を察知したメディアによって世界中に報じられたのだった。

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