お金の使い方は育った環境に起因する
電車から、亜由美に、『これからそっちにいくね』とLINEしておいたので、インターフォンを鳴らすと、亜由美はすぐに出迎えてくれた。
そして、先程の電話の後に家で起こったことを話した。
「まあ、これまでもお姉ちゃんから色々聞いていたけれど、お義兄さんは、確かにお金に細かすぎるよね。私だったら、絶対に一緒に暮らせない」
亜由美はこう言うと、入れ立ての日本茶をテーブルに置いた。美枝はそれを一口啜ると、しみじみと言った。
「ああ、美味しい〜。玉露? お茶に甘みがあるわ。ウチのお茶は、スーパーの大袋の一番安いのを買っているから、出涸らしみたいな酸っぱい味がするの。私、最近つくづく前の会社を辞めなければよかったなって。通勤に2時間もかかったら通い切れないと思ったし、会社の人間関係もよくなかったから、結婚を理由に辞めちゃったけど」
「今は、パートしてるんだっけ?」
「そう。近所のショッピングモールに入っている飲食店でね。パートだからお給料は、正社員だった頃の半分以下よ。最近、“離婚したいな〜”って、漠然と思うようになったんだけど、経済的なことを考えると踏みとどまっちゃう。離婚するなら、正社員で働けるところを見つけてからにしないと」

こんな話をしている時に、亜由美の携帯が鳴った。母からだった。
「うん、そう。そうか。じゃあ、明日手術になるかもしれないのね。今、お姉ちゃん来ているのよ。代わろうか」
美枝は亜由美から、スマホを受け取った。
「なんであなたがウチに、いるの? 義行さんは、一緒なの?」
驚いている母に、家を飛び出した経緯の一部始終を話した。
「そう。義行さんは、早くにお父様を亡くされて、そこからお母様が女で一つで、お兄様と義行さんを育ててこられたから、きっとお金には苦労したのだと思うわ。無駄がないように切り詰めて、切り詰めて生活してきたんじゃないかしら。それがもう体に染み付いちゃっているんでしょうね」
確かにそうなのだろう。お金の使い方は育った環境に起因する。
「ギャンブルに狂っていて借金したり、暴力を振るったりするDV夫よりは、良いかと思っていたけれど、あまりにもお金に細かいと、一緒に生活していて息苦しいし、心が貧しくなるの。もう私、彼と一緒に暮らしていくのは、限界かも知れない。あ、それより、お父さんは、大丈夫なの?」
母によると、父は小康状態のようで意識は戻り、明日精密検査を受けてから、必要なら手術をすることになりそうだと言う。容態が急変しない限り、そんなに心配な状況ではなさそうだった。
「私、今夜はお財布とスマホだけ持って飛び出してきちゃったんだけれど、少しこっ
ちにいてもいいかな」
父の病状が分かり、容態が落ち着くまで、パートは実家から通えばいい。当面、服は亜由美の普段着を借りて、下着は明日パートの帰りにショッピングモールに入っている洋品店で買い揃えれば、なんとかなる。
美枝は、『明日、父が手術するかもしれません。容態が落ち着くまで実家にいます』と、義行にLINEした。すると、数分後、『了解しました』というスタンプだけが送られてきた。