人気婚活サバイバル番組『バチェラー・ジャパン』。そのシーズン4でバチェラーを務めるのは、昨年、その男女逆転版である『バチェロレッテ・ジャパン』に参加し、女性視聴者から絶大な人気を得ていた実業家の黄皓(こう・こう)さんだ。

黄皓さん/撮影:杉山和行

中国で生まれ、16歳の頃から日本で暮らす黄さんは現在35歳。人生において、日本で過ごしている時間のほうが長い。同じアジア人で流暢な日本語を話す彼を、初対面で外国人だと気づく人はいないだろう。

しかしだからこそ、日本に暮らす外国人としての苦労があったと、黄さんは語る。高校生から大人になるまで、ここ日本で彼はどんな景色を見てきたのか。

黄皓さんプロフィール
1986年9月23日生まれ。10代で中国から来日、早稲田大学を卒業後、大手商社での勤務を経て、独立・起業。4カ国語を操る。スマートミラーデバイスを活用したオンラインフィットネスサービスを提供する会社、サブスク型パーソナルジム・エステを運営する会社、上海を拠点に主にアパレル関係の貿易と物流の会社の3社の代表を務める。ファッションや車、アートにも造詣が深い。
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“ジャパン”を冠する番組に参加した思い

――4代目バチェラーとなった黄さんですが、『バチェロレッテ・ジャパン』(以下、『バチェロレッテ』)参加中から、完璧な容姿や立ち居振る舞いにより「バチェラーにしか見えない」「次のバチェラーは黄皓さん」と言われていましたね。

そう言ってもらえるのは光栄なことなんですが、実は当時、内心複雑でした。まだ国籍で人を判断される方はいらっしゃるので、中国籍である自分が“ジャパン”を冠する番組の主役として参加することを不愉快に思われるかもしれない、という不安があったからです。

『バチェラー・ジャパン』シーズン4より

――でも、『バチェラー・ジャパン』(以下、『バチェラー』)参加を決意されました。どんな心境の変化があったのでしょう?

当然、去年から僕の国籍は変わっていません。でも、『バチェロレッテ』に参加した後の視聴者の方々の反応が自信につながりました。中国人という枠にはめて評価されている方があまり多くなかったんです。「中国人に対してよくないイメージがあったけど、黄さんを見て変わりました」「中国に行きたくなりました」というDMもたくさん頂きました。

そうした反応がとてもうれしかったし、一方で中国人の方から、「これだけ日本語をちゃんと話して日本人とコミュニケーションを取って認められるのはすごい」と言われたのもうれしかった。

歴史的な背景の捉え方に正解はないし、特定の国に対する意見や考え方を捻じ曲げようとは思いません。考え方は個人の自由ですから。ただ、自分が少しでも日中間や国籍間の壁を取っ払う存在になれたら、中国に生まれて日本に暮らしている一人の人間として光栄なことだなと思って、今回参加を決めました。