2021.12.20
# 解剖学

12月20日 「近代外科の父」アンブロワーズ・パレ死去(1590年)

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1590年、ルネサンス期の著名な医師で「近代外科の父」と呼ばれるフランスの医師アンブロワーズ・パレ(Ambroise Paré, 1510頃-1590)が死去しました。

フランスのラヴァル近郊で生まれたとされるパレはパリの床屋外科医に弟子入りし、その後19歳になるとオテル・ディユ病院で外科術を学びました。

良い家系の出ではなく、正規の教育を受けたわけでもない彼が名声を博すきっかけとなったのが1536年から数年間、イタリアでの野戦に従軍したことでした。

彼はそこで、数多くの負傷者に治療を施し、その中で銃弾による怪我、いわゆる銃創の治療法を一新しました。患部に軟膏を塗って直すなどの彼の開発した新たな治療法は、1545年の著書『銃創の処置法』にまとめられています。

患者に治療を施すパレ(絵中央) photo by GettyImages

そのほかにもパレは骨折・脱臼の処置やヘルニアの手術、四肢を切断した際に血管結紮(けっかんけっさつ)によって止血するといった現代にも残るような外科技術を開発、医学史家のガリソンをして「無菌手術の開発者リスターらと並ぶ史上三人の最高の外科医のひとり」と言わしめました。

四肢を無くした人のための義肢を最初に考案したのもパレです。

パレの考案した義手 photo by GettyImages

このように外科医として人並み外れた技術を持っていたパレは、庄屋外科出身の医師として初めて学歴をもつ外科医の団体であるコレージュ・ド・サンコームへと特別入会が許されたほか、アンリ2世やシャルル9世といった国王の侍医を勤めるなど活躍しました。

彼が発したとされる「我包帯す、神癒し賜う」という言葉は現代でも金言とされています。

関連記事