真実は? ヒトが日本列島に到達してから現代日本人になるまでの「3つの説」

日本列島人の生きてきた時空【後篇】
斎藤 成也 プロフィール

ベルツの混血説を発展させた"二重構造説"

1980年代に発表された埴原和郎(はにわら かずろう)の二重構造説は、明治時代に唱えられたベルツの説を発展させたものともとらえることができ、広い意味では混血説に属します。

それまでの日本列島諸集団とそれらをとりまくアジアの集団との比較から導きだされたものであり、豊富なデータに裏打ちされたこの仮説は、現在の定説となっています。二重構造説は、簡単にいうと次のような説です。

「東南アジアに住んでいた古いタイプのアジア人集団の子孫が、旧石器時代に最初に日本列島に移住して、縄文人を形成した」

「その後弥生時代に移るころに、北東アジアからの移住があった。彼らはかつては縄文人の祖先集団と近縁な集団だったが、極端な寒冷地に住んでいたために寒冷適応を経て、顔などの形態が縄文人とは異なっている。この新しいタイプの人間は、先住民である縄文人の子孫と混血をくり返した」

「ところが北海道にいた縄文人の子孫集団は渡来人との混血をほとんど経ず、アイヌ人集団につながっていった。沖縄を中心とする南西諸島の集団も、本土から多くの移住があったために、北海道ほど明瞭ではないが、それでも日本列島本土に比べると縄文人の特徴をより強く残した」

このように、現代日本人集団の主要構成要素を、旧石器時代の第一波の移住民の子孫である縄文系と、縄文時代末期以降の第二波の移住民である渡来系のふたつに考えて説明したことから、二重構造説とよびます。図のうち下のものは、二重構造説にもとづいて筆者が示した、日本列島人の変遷のモデルです。

【図】二重構造説と日本列島人変遷のモデル遺伝子データにもとづく系統樹。上:現在の定説となった二重構造説 下:二重構造説にもとづいた、日本列島人変遷のモデル illustration by Saori Yastomi

これらの図からわかるように、骨の形態から見ても遺伝子から見ても、アイヌ人と沖縄人の共通性が示されています。先ほど簡単に触れたミトコンドリアDNAでの調査でも、同様の傾向を示しています。また、形態小変異のデータから、彼らと縄文人の近縁性がわかります。このように、二重構造説はいろいろなデータで支持されています。

2012年以降になって、筆者・斎藤成也の研究グループはゲノム規模のSNP(単一塩基多型)データをアイヌ人、沖縄人、本土日本人(ヤマト人)で比較した結果、二重構造説を明確に支持する結果を得ました。ただし、沖縄人は本土日本人とかなり近縁であり、一方アイヌ人は両者からかなり離れていました。

三者のこの関係は、縄文時代人の古代DNAゲノムが2016年以降明らかになってきた結果、やはり二重構造モデルを支持しています。

このように、日本列島人の起源と成立については、まだわからないことが多いながら、新しい知見も増えてきています。本記事では詳しく触れられなかったミトコンドリアDNAを利用して遺伝的関係を調べた研究など、『図解 人類の進化』でご紹介しているので、ご一読いただければ幸いです。

*記事中のイラストには、『図解 人類の進化』収載のものがあります。イラストレーター・安富 佐織(Saori Yasutomi)

図解 人類の進化 猿人から原人、旧人、現生人類へ

編・著 斎藤 成也/著 海部 陽介、米田 穣、隅山 健太

化石や遺伝子の研究から、われわれ人類の進化の過程が明らかになってきました。第一線の研究者たちが、進化の基礎からゲノムの話題まで、豊富なイラストを使って、初心者にもわかりやすく解説します。2009年に刊行した『絵でわかる人類の進化』に加筆修正した新書版。

■amazonはこちら

関連記事