世界初! 接着剤がどう剥がれるかをリアルタイムで撮った!

じつは謎だった「接着のメカニズム」が見えてきた

「飛行機はなぜ飛ぶのか」は、じつは、いまだにちゃんとわかっていないそうです。なのに私たちが平気で乗っているのは考えてみたら恐ろしい気もしますが、科学技術の世界では、そんな「結果オーライ」が意外とまかり通っているようです。

驚くべきことには「接着剤で物と物がくっつく理由」も、こんなに科学が発展した現在でも謎なのだとか。接着のメカニズム解明に立ち上がった研究者がなしとげた、世界初の成果とは? 身近なようで知らなかった「接着の世界」を探検してきました!

「なぜくっつくのか」は、いまだにわかっていない!

古来、人類は物と物が「くっつく」現象について、考えに考え抜いてきた。たとえば全3巻の大著『磁力と重力の発見』(山本義隆/みすず書房)を読むと、古代ギリシャ以来、磁石が鉄とくっつくことがいかに大きな謎だったのかがよくわかる。

正確には「くっつく」ではなく、離れた物体を磁石が謎の遠隔作用によって「動かす」現象というべきかもしれないが、ともかくその仕組みは長いあいだわからなかった。

16世紀末に地球が磁石であることを発見したウィリアム・ギルバートさえ、「磁力は霊魂を有する、もしくは霊魂に似ている」と、古代ギリシャの哲学者タレスとあまり変わらないことを語っていたそうだ。私なんかいまだに、接着剤もなしに磁石が冷蔵庫のドアにくっつくのが不思議だなぁと思う。

だが、そんな私はまだまだ不思議センサーの感度が低かった。接着剤を使えば物と物がくっつくのは当たり前だと思っていたけれど(だって、くっつかなかったらそれは接着剤じゃないし)、どうやら「接着」という現象の根本的な仕組みは、まだ完全には解明されていないらしい。さすがに接着剤霊魂説を唱える研究者はいないと思うが、21世紀に入って20年が過ぎたいまも、科学のフロンティアは広くて深いのだった。

そんな接着の仕組みを調べている日本の研究グループが、先日、世界で初めて「接着剤が引き剥がされるプロセスの電子顕微鏡によるリアルタイム観察」に成功したという。……くっつく仕組みを知りたいのに、剥がしてどうするんですか?

二重にビックリしちゃったので、われわれ探検隊は世界初の観察に成功した産業技術総合研究所に足を運んだ。お話をうかがったのは、ナノ材料研究部門 接着界面グループの上級主任研究員、堀内伸さんだ。

堀内さんたちのラボが創設されたのは、2015年のこと。その背景には「ここ10年ぐらいで接着剤に対する社会の期待が変わってきた」(堀内さん)という事情があったという。接着剤への期待といわれても、いまはコンビニに行けば強力な瞬間接着剤が手に入る時代だ。日常生活ではもう十分に満足できている気もするのでちょっとピンと来ないが、これはそういうレベルの問題ではない。

自動車、飛行機、建築物など大きな物をくっつけることを「構造接着」と呼ぶそうだ。それも含めて、産業界には単に「とりあえずくっつけばいい」では済まない課題が山ほどある。堀内さんたちがラボの設立時に開催したシンポジウムには、各種の企業で研究開発に携わる人々がわれもわれもと集まり、300人収容の講堂に立ち見が出るほどの超満員になったそうだ。

「もっとも大きなニーズがあるのは、自動車業界です。二酸化炭素削減のためにガソリン車から電気自動車に置き換わる流れの中で、車体を軽量化するために、鉄以外の軽い素材を使おうとしているんですね。いろいろな材料を適材適所に使いつつ、軽さと剛性を両立させるマルチマテリアル構造の研究が進んでいます。

しかし鉄と違って、アルミや樹脂などの材料は、溶接では組み立てることができません。現実的な接合の方法は、接着剤を使うことです。でも、自動車となると人の命がかかってくるので、プラモデルに使うような接着剤では話にならない。市販されている瞬間接着剤などは、日常レベルでは強力だと思うでしょうが、あれは水にとても弱いですし、単なる仮留めみたいなものです」

【写真】堀内さん堀内さん

いやはや驚いた。「絶対に指につけてはならぬ! ああそうだ絶対にだ!」と決死の覚悟で使うあの瞬間接着剤も、産業レベルでは「仮留め」程度の弱さなんですってよ。

ほぼ接着剤だけで自動車を組み立てたBMW

自動車分野で強力な接着剤の開発が進んでいるのは、ドイツをはじめとする欧州だ。とくにBMW社が製造した「i3」という車は、この分野の研究者や技術者に強い衝撃を与えた。車体を丸ごとCFRP(炭素繊維強化プラスチック)で作り、接合にはほぼウレタン接着剤が使われたからだ。

「耐久性より軽量化が優先されるF1マシンなどは以前からCFRPを使っていましたが、市販車にそれを使って接着剤で組み立てるのは、じつに果敢といえます」

「それまでも自動車やエレクトロニクスなどさまざまな分野で、『もっと強力な接着剤がほしい』『剥がれてしまう理由がわからない』などの問題を抱えている企業は多かったのですが、ドイツの研究開発が引き金となって、一気にニーズが本格化しました。そもそも、『接着剤がなぜくっつくのか』がわかっていないので、みんな根本的なところから知りたがっているんです」

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