日本列島に人がやってきたのは、いつ? どこから?

日本列島人の生きてきた時空【前篇】

日本人とはどんな人々でしょうか。

常識的に言えば「日本という国の国民」というところでしょう。ところが、国家としての日本は7世紀ごろに成立したとされているので、1400年足らずの年齢しかありません。弥生時代や縄文時代には、日本は存在していなかったのです。

ただ、この国の名前を用いた「日本列島」は、ユーラシア大陸とくっついたり離れたりすることはあるものの、数十万年以上前から存在しています。そこで、日本人ではなく、「日本列島人」の歴史を考えるほうが、人類の歴史の中では妥当だと思われるので、本章ではこの名称を用います。最近では「ヤポネシア人」という名称も使われています。

日本列島は、美しい弓なり形をなし、環太平洋造山帯の一部に含まれます。北は千島列島とアリューシャン列島、南は琉球列島に続いています。ユーラシア大陸とは、朝鮮半島およびサハリン島を介してつながり、一方で弓は大きく太平洋に張りだしています。

このような地理的位置にあるため、日本列島にはさまざまな人間がユーラシア大陸から移動してきて住み着きました。日本列島人はこのような重層構造をもっていると考えられます。

日本列島への7つの渡来ルート

この地理的構造から、人間が日本列島にどのような経路で渡ってきたのかを考えてみましょう。日本列島に地理的に近接するのは、まず朝鮮半島です。ここを通る道を経路1とします。次にユーラシア大陸と日本列島をつなぎやすいのは、サハリン島経由の経路2です。経路3はカムチャツカ半島から千島列島を渡る道です。南に目を転じると、民俗学者柳田國男の提唱した「海上の道」でも知られる、琉球列島や台湾島を通る経路4があります。

【図】日本列島の空間的位置日本列島の空間的位置と7つのルート(『図解 人類の進化』より) illustration by Saori Yasutomi

以上の4経路に比べると海を渡る必要距離が長くなるので、より最近、おそらく弥生時代以降になって重要性が増したと思われるのは、中国本土が東に張りだした現在の上海のあたりからの、東シナ海を渡る経路5です。また、日本海の対岸である沿海州から日本海経由で日本列島に来る経路6もあります。最後は、太平洋側からの経路7ですが、大航海術をもっていたポリネシア人の影響が日本列島まであったのかどうかはわかっていません。

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