2022.01.09

「鎌倉殿の13人」、これから繰り広げられる「あまりに壮絶な裏切り」の中身

小栗旬の父・北条時政の芸術的な謀略

争いは源頼朝の死をきっかけに始まる

2022年度の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。鎌倉幕府の御家人13人による合議制は、“鎌倉殿”こと鎌倉幕府を開き、初代征夷大将軍となった源頼朝(みなもとの・よりとも)の急逝が原因で誕生したといってよい。

建久9年(1198)12月27日、相模川橋供養に赴いた帰り、にわかに体調を崩した頼朝は、翌建久10年正月13日に逝去している。享年は、53(数え齢、以下同じ)であった。

急ぎ、彼の嫡子・頼家(よりいえ)が2代将軍となったものの、19歳の若者に幕府の経営能力は期待できない。

なにしろ、この政権は坂東(関東)の土豪たちの集合体であり、頼朝ほどの大政治家をもってしても、その統制は万全とはいえなかった。まして弱年でなお、気性の矯激な頼家が、幕政を親裁できるはずもなかったろう。

加えて、生まれながらに2代将軍を約束されていた頼家には、父が経てきた御家人たちへの労苦や配慮は知るよしもなかったろう。

さらに、頼家の乳母をつとめた比企(ひき)氏は、頼朝の代からの乳母であり、頼家は外祖父である北条時政(ほうじょう・ときまさ)を嫌う一方で、乳母の夫=比企能員(よしかず)の娘を自らの妻とし、甘やかされ、すでに一幡(いちまん)という男子をあげていた。

 

比企氏は武蔵七党の盟主でもあり、頼家が将軍となるや、急速に発言を増している。

(このままでは、わが家があぶない)

時政は北条家の前途に不安を感じるようになり、頼家の将軍としての力を無力化する手立てを講じる。

それが、嫡子の義時(よしとき。ドラマでは小栗旬が演じる)とともに、13人の宿老による合議制をしき、将軍の親裁権を停止させる処置であった。

小栗旬さん/photo by gettyimages

このおりのメンバーは、2派に大別することができた。

第1は大江広元(おおえの・ひろもと)、三善康信(みよし・やすのぶ)、中原親能(なかはら・ちかよし)、二階堂行政(にかいどう・ゆきまさ)の、京より下ってきた官僚たちのグループ計4人。

今ひとつは、豪族の族長たち。三浦義澄(みうら・よしずみ)・和田義盛(わだ・よしもり)・比企能員(ひき・よしかず)・安達盛長(あだち・もりなが)・足立遠元(あだち・とおもと)・梶原景時(かじわら・かげとき)・八田知家(はった・ともいえ)の計7人であった。

これに時政と息子の義時を数えて、13人となった。

※太字は鎌倉殿の13人に数えられる人物。
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