最後に土に触れたのはいつですか? 現代人が忘れかけている「土」の重要性

江戸時代の「パンクな思想家」を読む
江戸時代中期を生きた思想家、安藤昌益。当時の身分制度を徹底的に批判し、農業中心の「無階級社会」を夢想したアナーキーな人物であった。土を重視し「土に触れよう」と主張するその考え方は、現代を生きる人にとっても示唆に富んでいる。そこで彼の主著である『自然真営道』から、明治大学教授で詩人の管啓次郎氏による解説エッセイを紹介しよう。
 

最後に土に触れたのはいつですか?

八戸は明るい街で歩けばそこをみたす光が海岸の光だとわかる。八戸出身の詩人・村次郎の選詩集をまとめるために数年前ここに滞在したことがあった。何を探すでもなくぶらぶら歩いていると、商店街の一角に「安藤昌益居宅跡」という碑が建てられているのに出遭った。ああ、昌益はここに暮らし、ここで考えたのか。

といっても何を考えたのか、そのとき知っていたわけではなく、ただ風説を鵜呑みにしていただけだ。いわく、エコロジー思想のはるかな先駆者。徹底して農民たちの側についた町医者。あらゆる権威をものともせず、みずからの道を追求した土着の思想家。

これも何かの縁かと家に帰ってから彼の本を読みはじめた。中公バックス「日本の名著」の『安藤昌益』だ。責任編集は野口武彦(現代語訳と解説も)。ただちに、面食らった。ついで、考えこんだ。この人は只者ではない。

そもそもの出発点として、みなさんに訊ねておきたいことがあります。土にふれる、土を握る。土に倒れる、土を舐める。あなたが最後にそんなことをしたのはいつですか。

そう問えばたちまち、自分が登り今すわっている木の枝をみずからのこぎりでギーギーと切っているような気がしてくる。いつ墜落してもおかしくない。

Photo by iStock

わが身を振り返ってみる。大都市に住んで日頃まったく土にふれない。土を踏まない。耕すこともしない。アスファルトに窒息させられ光からも風からも遮られた土のことを、土が養う生命のことを、心配することもない。それが私の日常だ。

この日常は危うく、頽廃し、まちがっている。これが人間の生活だといえるだろうか。消費社会に生きるわれわれの多くが目をそむけたがっているそんな事実が、昌益の著作を繙(ひもと)いたそのときから、つららの尖端のようにつきつけられてくる。

関連記事