メディアが報じない…日産ゴーン事件の弁護人がいまだから明かせる「あの時の後悔」

無罪弁護人・弘中惇一郎が語る
週刊現代 プロフィール

'81年、ロサンゼルスを旅行中の三浦和義夫妻が何者かに銃撃され、妻が死亡する事件が起きました。その後、三浦さんが保険金目当てに妻を殺害したのではないかという疑惑が膨らみ、2年近くメディアの集中砲火を浴びた末、殺人未遂と殺人の二つの事件で逮捕・起訴されたのです。

この「ロス疑惑」で私は、三浦さんの弁護を担当し、有罪判決を下した一審裁判所の論理に反論、検察の主張を突き崩し、'03年、控訴審で逆転無罪判決を勝ち取りました。

私が三浦さんの事件を受任したのは、彼がさんざんメディアにたたかれていたからです。これだけ世間から注目されている事件の真相はどういうことなのか、逆に興味を持ちました。弁護士とは一種の喧嘩売買業で、激しい喧嘩ほどモチベーションが上がります。

 

現地に2度飛んで事細かに実況見分をし、三浦さんの主張には説得力があると判断しました。

三浦さんはタフで行動力があり、合理的な考え方をする人でした。彼は拘置所に勾留されていた時、様々な通販カタログや広告類を取り寄せていました。世の中のことをよく知るためです。

日本では、どんな新商品が出ているかを非常に詳しく知っていて、「拘置所の職員が、何かいいものはないかと聞きに来るんです」と言っていました。

マスコミをまく

そんな三浦さんは、'01年に無罪判決を勝ち取った「安部英医師薬害エイズ事件」の時に、私を助けてくれたんです。

帝京大学附属病院で非加熱血液製剤の投与を受けた血友病患者が、製剤がHIVに汚染されていたためにエイズを発症し死亡したとして、内科の科長だった安部さんが業務上過失致死罪に問われた事案でした。

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