フェイスブックの社名変更、なぜ「あのタイミング」だったのか…?

背後に見えるザッカーバーグの無邪気さ
池田 純一 プロフィール

注意すべきは、インダストリーズの場合は、産業基盤となる技術が分野ごとに異なるのに対して、プラットフォームズの場合は最終的にはすべてコードに集約されることだ。プログラムやアルゴリズムなどのコード化された共通知識基盤の上で、リアル社会の諸々の機能がメタバースに持ち込まれ、貨幣を筆頭にあらゆるコミュニケーション形態が次々とデジタル化されていく。

つまり、「うちはこれから、かつてのモルガンやロックフェラーのように、デジタル時代のカルテル、コングロマリットをつくってやるぞ!」という宣言である。その意志がすでに新社名には込められている。

さらにいえば、Meta Platformsとは、プラットフォームズの「メタ版」とも解釈でき、その場合この社名は、数多あるプラットフォームのメタな地位を俺たちは占める!という宣言にもなる。王として現在のマーケットのあり方を統べるだけでなく、この先もキングメーカーとして、いわばゲームマスターとして、メタバースの主として君臨する意志の表明である。

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ザッカーバーグの思惑通りにはいかない…

だがこれは、こと規制導入の検討という観点からすれば逆効果ではないか。インターネットの「次のステージ」はメタバースを構築するプラットフォーム群からなる世界であると、わざわざ公言したのである。フランシス・ヘイガンの告発によってFacebookの規制に今まで以上に乗り気になっている政治家たちの目には、極めて強欲かつ傲慢な宣言として映ったことだろう。その分、彼らのやる気を高めてしまう。

なにしろこの期に及んでザッカーバーグは、自社をメディアではなくプラットフォームであると宣言=強弁することで、引き続きインターネット例外主義の恩恵に預かろうと望んでいるのだから。これではさすがにプラットフォーム企業の免責特権を支えるセクション230も見直さないわけにはいかないだろう。

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