日米開戦80年 30代のエリート官僚たちの「日本必敗」提言はなぜ闇に葬られたか

80年前、総勢35人による「模擬内閣」

2021年12月8日。この日で日米開戦からちょうど80年が経つ。僕は『昭和16年夏の開戦』(1983年初版、中公文庫)で内閣「総力戦研究所」の存在を書いた。

Photo by GettyImages
 
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1941年4月、つまり太平洋戦争開戦の8ヵ月前、当時の帝国政府は「総力戦研究所」を立ち上げ、30代前半のトップエリートが集められた。大蔵省や商工省といった省庁のキャリア官僚、陸軍省の大尉、海軍省の少佐、さらには日本製鐵、日本郵船、日銀、同盟通信(のちの共同通信)の記者まで総勢35人。

彼らは、もし日本がアメリカと戦争をしたら、日本は勝てるのか、そのシミュレーションをした。

大蔵官僚は大蔵大臣、日銀出身者は日銀総裁、記者は情報局総裁というように、それぞれが役職に就いて「模擬内閣」をつくった。出身の省庁や会社から、できうる限りの資料、データを持ち寄って検討していった。侃々諤々の議論を経て出た結論は「緒戦は優勢ながら、徐々に米国との産業力、物量の差が顕在化し、やがてソ連が参戦して、開戦から3〜4年で日本が敗れる」というものだった。

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