消滅可能性都市のひとつに数えられながらも“創造的過疎”と呼ばれる小さな町があります。徳島県神山町。そこで暮らし、働く人びとの姿に、未来へのヒントが見えました。

“創造的過疎”のいま

徳島県東部、名西郡に位置する神山町。早朝の町を大粟山から見下ろした。町の中央を鮎喰川(写真手前)が蛇行して流れ、奥には四国山脈がそびえる。町の面積の約85%が森林。

「私の話には目新しいものはありません。できるかぎり、若いみなさん方のお話を聞いてください」

県立城西高校神山校の「森林女子部」はKMSで活動。町内産のスギ材から商品の企画・制作に取り組む。

神山を訪ねるので話を聞かせてもらえませんかと相談した大南信也さんからの、日程が合わなくてすみません、という返信にこんな一文が添えてあった。同町出身の大南さんは、NPO法人グリーンバレーの創設メンバーとして、1990年代から神山のまちおこしに取り組んできた名プレーヤーだ。フラットでオープンな文面が町そのものを表しているようで、ますます期待が高まる。

神山メイカースペース(KMS)を管理するアーティストのあべさやかさん。神山ビールのオーナーでもある。

神山といえば、地方創生をリードする町として、メディアに取り上げられることも多いけれど、実際にどんな人がどんなふうに暮らし、働いているのだろう。それをこの目で確かめたくて、かの町へ向かった。

-AD-

強度のある働き方が似合う町

米の収穫時期を迎えた大久保集落の棚田。

棚田にはこうべを垂れる稲穂の姿。そこに彼岸花の群生が彩りを添えている。9月の神山には秋が訪れていた。気候がよくなってきたので、お遍路さんも多い。そんなのどかな景色のなかに、“最先端の町”と呼ばれる所以が点在している。

元縫製工場を利用したコワーキングスペース「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」。現在は12社が入居するほか、誰でも半日500円~(自由席)で利用できる。

少し歩けば目に入る、古民家を改装した焙煎所やB&B、靴工房など個性豊かな店の数々。サテライトオフィスらしき建物も多く、覗いてみるとパソコンに向かって働く人びとの姿があった。巨大なコワーキングスペースと、最新機器が揃うファブスペースが隣接する施設なんてのもある。

2007年にグリーンバレーにより蘇った〈劇場寄井座〉。神山アーティスト・イン・レジデンスの招聘作家のアトリエ兼作品展示場などに使われる。

そして90年ほど前からつづく〈劇場寄井座〉や大粟山をはじめ、町の各所にアート作品が飾られているのも斬新でおもしろい。

3Dプリンタやレーザーカッター、デジタルミシンなどのデジタルファブリケーション機器が揃う。

人口およそ5000人の神山は、総務省が指定する過疎地域。少子高齢化の問題はあるが、近年は転入者数が転出者数を上回っている。転入者はデザイナーや料理人などのクリエイティブな職種の若い世代が多い。加えて2010年以降、神山には16もの企業のサテライトオフィスができた。なぜここまで多様な人が神山に集まるのか。率直な問いをぶつけてみると、会う人会う人、グリーンバレーの名前をあげる。

滞在制作をしたアーティストが大粟山山中に残した作品。※現在、寄井座は一般公開していない

アーティストが滞在しながら作品制作できるプログラム、神山アーティスト・イン・レジデンスを始めたり、移住促進やサテライトオフィスの誘致、半年間の“お試し移住”で地域活動を学べる神山塾の開催など、グリーンバレーはその前身から30年にわたり地道な活動を行ってきた。

西村さん(右)。クリーニング屋店主で、登山仲間でもある地元出身の鍛準二さん(左)と。

働き方研究家の西村佳哲さんが神山に拠点を置いたのは7年前。当時すでにヨソ者が受け入れられる土壌はできていて、「僕らは下駄を履かせてもらっている状態なんです」と微笑む。

「初期には滞在していた外国人が裸足で外を歩いていて、町の人が驚いていたなんて話を聞いたことがあります。ですが住民たちもさまざまな人と接するうちに慣れ、今では滞在制作中のアーティストに近所のおばあちゃんが差し入れをする光景も当たり前に。とびきり個性的な人たちからスタートしたので、広い受け入れ幅ができたのでしょう」

4年前に山中の空き家に出合い、DIYで母屋と豚小屋2つを改修した〈染昌〉の瀧本さん。それぞれ工房、ギャラリーとして使っている。

2002年以降、神山アーティスト・イン・レジデンスのアーティストが一時的な滞在ではなく移住を希望するケースが増え、移住者支援が本格化していく。ユニークなのは、手に職をもつ人をピンポイントで呼び込むことだ。

集落を一望できる庭でのコーヒータイム。朝は日の出が美しく、雲海が見られることも。

田舎に仕事がないことを前提とし、逆転の発想で仕組みを作ってきたのだ。「大きな夢を引っさげて来る人よりも、まずはわけもなく来てみた、という人のほうが定着するように思います」というからおもしろい。

築100年近い母屋(左)と牛小屋(右)を改装したオフィス。希望すれば社員は誰でも使用できる。

「ここで出会う人や環境と自分を掛け合わせながら、この町で何ができるか、を見出していく。結果、そのほうが強度のある仕事ができる。この町にはそんな働き方をしている人が多いです」

片づいていて気持ちのよい、〈リヒトリヒト〉の工房。

靴職人である〈リヒトリヒト〉の金澤光記さんは、そんな移住者のひとり。神山塾に参加したのは2014年。タイミングよく空いた物件をすすめられ、詳しい人のサポートで補助金も得て、それから1年たたないうちに店をもつことになった。

「すぐにお店をやるつもりはなかったんです。でも、この町には人の挑戦を後押ししてくれる雰囲気があって。熱意をもって、というのではなく、知らないふりしてそっと背中を押してくれる。その距離感が心地いいんです」

かつての電気店を改修した〈リヒトリヒト〉の店。味のある看板はそのままにした。

ここでは自分の時間や休みを重視する働き方にシフトする予定だった。それが最近、「もっともっとつくりたい」と思っている自分に気づいたという。

「神山は静かでストレスもなく、仕事に没頭できる。よりよいものづくりを目指して、そのなかで出会う人と一緒に歩んでいきたい。進む方向が見え、迷いがなくなりました」