なぜ世界中で「クソどうでもいい仕事」が増加しているのか、その深刻な構造

「ブルシット・ジョブ」とはなにか

私たちはなぜ「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」に苦しみ続けるのか? なぜブルシット・ジョブは増え続けるのか?

人類学者のデヴィッド・グレーバーは、2013年にこの世界的現象を論じた小論「ブルシット・ジョブ現象について」を発表した。

ここでは、その論考について、『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』著者の酒井隆史さんが、わかりやすいように段落に番号をわりふり、小見出しを加え、なるべくエッセンスのみがわかるように整理したものを特別に掲載する。

 

ユートピアが実現しない理由

【1】1930年、ジョン・メイナード・ケインズは、20世紀末までに、イギリスやアメリカのような国々では、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろう、と予測した。テクノロジーの観点からすれば、これは完全に達成可能だ。ところが、その達成は起こらなかった。かわりに、テクノロジーはむしろ、わたしたちすべてをよりいっそう働かせるための方法を考案するために活用されてきた。いっそう働かせるために、実質的に無意味(ポイントレス)な仕事がつくりだされねばならなかった。とりわけヨーロッパや北アメリカでは、膨大な数の人間が、本当は必要ないと内心かんがえている業務の遂行に、その就業時間のすべてを費やしている。こうした状況によってもたらされる道徳的・精神的な被害は深刻なものだ。それは、わたしたちの集団的な魂(コレクティヴ・ソウル)を毀損している傷なのである。けれども、そのことについて語っている人間は、事実上、ひとりもいない。

ケインズ〔PHOTO〕gettyimages

【2】ケインズによって約束されたユートピアは、どうして実現しなかったのか? いまよくある説明によれば、ケインズは消費主義の拡大をケインズが計算に入れていなかった。労働時間を削るかもっと消費に邁進するかの選択肢を与えられて、ひとは後者を選んできたというわけだ。この説明はまちがっている。1920年代から、おびただしい数のあたらしい仕事と産業が生まれてきた。しかし、それらのうち、そうした消費財の生産にあたるものは、ごくわずかなのだ。

【3】とすれば、これらのあたらしい仕事は、なんなのか? アメリカにかんする資料を参照するならば、前世紀をつうじて、工業や農業部門では、家内使用人[奉公人](ドメスティック・サーバント)として雇われる働き手の数は劇的なまでに減少した。同時に「専門職、管理職、事務職、販売営業職、サービス業」は3倍となり、「雇用総数の4分の1から4分の3にまで増加した」。ケインズの予測のとおり、生産にかかわる仕事は、そのほとんどがすっかり自動化された。

【4】ここで起きているのは「サービス」部門の拡大というよりは管理部門の膨張である。そのことは、金融サービスやテレマーケティング[電話勧誘業、電話を使って顧客に直接販売する]といった新産業の創出、企業法務や学校管理・健康管理、人材管理、広報といった諸部門の前例なき拡張によって示されている。また先の数字には、こうした新産業に管理業務や技術支援やセキュリティ・サポートを提供する仕事がさらにつけくわわるはずだ。さらにそんな仕事をする人たちを支えるためにある産業(飼犬の洗濯業者、24時間営業のピザ屋の宅配人)も反映されていない。

【5】これらをわたしは「ブルシット・ジョブ」と呼びたい。まるで何者かが、わたしたちすべてを働かせつづけるためだけに、無意味な仕事を世の中にでっちあげているかのようなのだ。ミステリーはまさにここにある。そもそも資本主義社会では、こんなことありえないと想定されているからだ。たしかに、非効率的なかつての社会主義国家においては、雇用は揺るぎない権利とか神聖なる義務とみなされたため、必要なだけの仕事がでっちあげなければならなかった。しかし、資本主義社会では、そんな問題は市場競争が解決するはずだ。だが、どういうわけか、そのような事態が起こっているのだ。

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