飛び込み元日本代表の馬淵優佳さんによる連載「スポーツが教えてくれたこと」。今回はスノーボードで日本代表として5大会連続で冬季五輪に出場した竹内智香選手にお話しを伺っている。その前編では、幼少期に「オリンピックに出たい」と思い、自分が五輪に出られる競技を考えてスノーボードを選んだこと、共働きで忙しい両親のもと、自分でバスを乗り継いで練習や大会に行っていたこと、そしてスイスに暮らしたことで様々な気づきがあったことをお伝えした。

後編では、北京大会を含めると6大会連続で日本代表として出場することになる「オリンピック」のこと、そしてその前に実施した卵子凍結に至る思いをお聞かせいただく。

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ソチの銀メダルのあとの靭帯損傷

スノーボードを愛し続け、オリンピックを何度も目指してきた竹内選手だが、2014年のソチオリンピックで銀メダルを獲得後は、苦しい4年間を経験したそう。

ソチ冬季五輪で銀メダルに輝いた竹内選手 Photo by Getty Images

「ソチオリンピックで銀メダルを獲って、そこから2018年に向けて金メダルを獲りたい!という目標を定めたはずなんですけど、その4年間は怪我をきっかけに成績もでなくなって苦しい時期がずっと続いていました。それでも自分が2018年の平昌オリンピックを目指すと発言した以上、どんな結果であれ努力を積み重ねることが責任だと思っていました。

でも、しなければいけない“must”な感情になったことで余計苦しくなっていたんだろうなと思います。ソチオリンピックで引退すれば有終の美で終われたのになっていう気持ちもあったので、今だから言えますが2014年から2018年は競技を続けたことへの後悔と引退が待ち遠しい4年間でもありました」

2015年の世界選手権でも銅メダルを獲得。しかしその後に怪我をしてしまう Photo by Getty Images

怪我とはソチオリンピック後に膝の前十字靭帯を損傷したこと。選手生命に関わる大きな怪我を負い、竹内選手も引退が頭によぎったという。しかし、そんな大怪我があってもそれをポジティブに受け止めようとしていた。

「怪我を治すのに、約10カ月必要と言われたんです。でも切れた時には『休めるんだ』と思ったんですね。これで夏の遠征にも行かなくていいんだとか、しばらく雪上から離れられるんだと思うと正直、すごくほっとしていたんです。やっぱり怪我するべくしてしたと思います。あとは、そう捉えるしかなかったんです。現実を必死に前向きに受け止めようとしていたのかもしれないですけど、怪我したことにすごく救われたと思ってます」