2021.12.07
# 地震

12月7日 アルメニア地震発生(1988年)

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1988年のこの日、当時はソビエト連邦領であったアルメニア北部でマグニチュード6.8程度の強い地震が起こり、現地に壊滅的な被害をもたらしました。

この地震で大きな被害を受けたのはアルメニア北部にあるグユムリ(当時の名称はレニナカン)やスピタクで、前者は首都・エレバンに次ぐアルメニア第二の町であるほか、後者はこのアルメニア地震の別名にその名が冠されています。

アルメニア地震では約4万人もの死傷者を出したこともさることながら住宅への被害がひどく、約50万人が家を失いました。また、その地震の規模を物語るように、震源地付近では落差2mの断層が出現しました。

赤で示されている箇所が現在のアルメニア photo by iStock

このアルメニア地震はMSK震度階級で「地面に深さ1メートルまでの亀裂、崖崩れ、落盤」が起こるとされる「10」を超える強さでした。

日本では地震の大きさを震度0から震度7までの10段階で表記しますが、海外では12段階で地震の大きさを表すことがほとんどで、例えばアメリカや韓国などで使用される「メルカリ震度階級(MM震度階級とも)」などがこれにあたります。

MSK震度階級も地震の大きさを12段階に区別する指標で、その名前はこの震度階級を考案したMedvedev(ロシア)、Sponheuer(ポーランド)、Karnik(チェコスロバキア)の名前に由来します。

また、この地震が原因で、当時使用されていた同国唯一の原子力発電所であるメツァモール原子力発電所(アルメニア原子力発電所とも)を運転停止することが決められたという点でも大きな影響があったと言えます。

1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故以来、国民からは閉鎖を求める声が上がっており、この地震が閉鎖の決め手になったようです。

現在、このメツァモール原子力発電所は戦争による化石燃料不足もあって2号機のみが再稼働しています。

そこで作られる電力はアルメニア全国の発電量の約40%を占めており、国レベルで原発に依存する状況が続いていますが、立地条件や地震、放射性物質の漏えいなどに関する脆弱性が幾度となく取りざたされており、事故が発生すると近隣の国へと飛び火することから「世界一危険な原子力発電所」とも称されています。

photo by iStock

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