私たちには「資本主義の道しかない」って本当?

人類学者が示した「もう一つの世界」

日本でも大きな話題を読んだ『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』。「『ブルシット・ジョブ』という言葉は知っている」「本は読んだことがある」という方も多いでしょう。

しかし、作者のデヴィッド・グレーバーがどのような人物だったのかを知っている人は、あまり多くないかもしれません。研究の傍ら、さまざまな社会運動に関わる続けた彼は、2020年、59歳の若さで亡くなりました。

『ブルシット・ジョブの謎 クソどうでもいい仕事はなぜ増えるか』著者の酒井隆史さんが、グレーバーの功績を振り返ります。

社会運動に飛び込んだ半生

「もう一つの世界は可能だ」という言葉がある。1990年代後半からゼロ年代にかけて世界的に展開した「グローバル・ジャスティス運動」のスローガンである。

その時、世界では、巨大企業や金融、先進諸国の政府が結託して、途上国に膨大な負債を押しつけ、融資や返済の緩和の条件として、社会保障や医療教育予算の削減、貿易の自由化、国内の規制緩和を要求していた。もちろん犠牲になるのはその国の特に弱い立場にある人である。のみならず先進国内でもおなじことが進んでいた。これが冷戦終結後、つかの間の平和の幻想がさめたあとの冷厳な現実だったのである。

労働者階級の両親をもつNYっ子のデヴィッド・グレーバーは、人類学と歴史学に惹かれ、12歳の頃にマヤ文字の解読に熱中する。ハーバード大学のマヤ学者の目にとまり将来が約束されるものの、シカゴ大学大学院で人類学を専攻した。博士論文を書き終えた頃、グローバル・ジャスティス運動と遭遇する。1999年のシアトルの反乱である。アメリカ圏の貿易自由化に反対してWTO閣僚会議の開催地シアトルに世界中の人々が集まった。そして、先住民、自然保護団体や女性の権利組織、労働組合、若者たちが集まって激しい抗議行動をくり返した。その結果このWTOのもくろみは撤回されることになる。

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たまたまこの運動に飛び込んだかれが目にしたのは、多様な思想信条をもった人々が、長い時間をかけて合意を形成しながら、みなのやりたいことを最大限に発揮しようとする実践だった。「あたかもすでに自由であるかのように」対等な関係のうちにたがいを尊重し合う世界を形成する試みがそこにあったのだ。クエーカー教徒やフェミニスト、アナキストたちが時間をかけて養ってきた作法だった。グレーバーの目に、マダガスカルでのフィールドワークで遭遇した共同体のあり方が重なった。かれがそこで観察したのは、手の込んだ合意形成過程と国家機能のほぼ停止したなかで自律空間をいとなむ共同体だったのである。

 

運動への関与をつづけながら、かれは人類学やその領域を超えるすぐれた研究や文章を次々と発表する。2011年には全米を席巻した「オキュパイ運動」に飛び込みながら、「負債」を人類史的に考察した長大な著作を公刊する。人類学者というより古典的人文学者としての力量をみせつけた『負債論』は、「味気ない」専門知識の縦横無尽の駆使にもかかわらずウィットに富んだ語り口で国際的ベストセラーとなり、「最も影響力ある国際的知識人」の一人となった。その後も沸騰する泉のように意表をつくアイデアを著作に結実させていった。『官僚制のユートピア』では、現代がイメージに反して人類史に類をみない「全面的官僚制化」の時代であることを鮮やかに示してみせた。『ブルシット・ジョブ』では、これもイメージに反して「クソどうでもいい」仕事であふれそれが人々を苦しめている現代世界像を提示して世界的な反響を呼んだ。さらに未刊、未訳の重大なテキストも多数残っている。

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