なぜ「1日4時間労働」は実現しないのか…世界を覆う「クソどうでもいい仕事」という病

ブルシット・ジョブの「謎」に迫る
酒井 隆史 プロフィール

無意味な仕事をする人々

この小レポートは、いまの世界には、まったく無意味で有害ですらある仕事、しかも当人すらそう感じている仕事がたくさんあって、かつそれが増殖しているという、常識外れの内容です。というのも、ふつう、市場原理をもってムダを省き、効率化や合理化をはかることがなによりも重視されていて、したがって容赦のない人員削減があちこちで起きているのが現代だ、というイメージがとても強いからです。いったい、そんなお話がどう受け取られるのか、まったく無視されてしまうのではないか、と報告者も半信半疑でした。

ところが意外なことに、すぐさま世界中からおどろくほどの反応があったのです。しかも、それらの反応の多くが、じぶんがなにをしているのか、なにに悩んでいるのか、怒っているのかわかった、という内容でした。

その反応をみたある世論調査代行会社(YouGov)が、仮説の検証を買ってでることになりました。その小レポートの文言をそのまま引用してイギリスでの世論調査を実施したのです。

すると、これもおどろくべき数字がでました。

「あなたの仕事は、世の中に意味のある貢献をしていますか?」という質問に対して、3分の1以上(37%)が、していないと回答したのです(しているという回答が50%、わからないと回答したのが13%)。報告者はこの半分ぐらいだろうと予想していたのですが、実際はその倍だったのです。それから、オランダにおける世論調査がつづきます。ここではもう少し高く、働く人の40%が、みずからの仕事にはたしかな意味がない、と回答したのです。

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報告者は、いまや統計的な調査によって、圧倒的なまでに証明されてしまったと感じました。

それから、この報告者、すなわち人類学者のデヴィッド・グレーバーは、そのあとに追加でおこなった調査をふまえ、小論を一冊の大きな本にして、2018年に公刊します。それが今回とりあげる『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』という本です。

 

日本語の翻訳書は2020年に岩波書店から公刊されました。わたしはその翻訳者の一人ですが、わたしたちもおもいもよらぬほど、日本でも大きな反響を呼びました。もちろん、このような入門書を柄にもなく書いているのも、そのためです。

『ブルシット・ジョブ』は、たくさんの人がみずからの仕事の苦境を語る証言であふれていて、それだけをピックアップして読んでも大変おもしろいです。それだけでもなにか響いてくるものはあるとおもいます。

それを分析していくグレーバーの語り口も、けっしてむずかしいものではありません。

かれの語り口は、専門的領域をこえ、一般の人にもわかるように、明晰で、かつ興味深いエピソードとユーモアにあふれています。

ただ、錯綜しているのです。書いているうちにあれこれいいたいことがつめこまれて、読む側は個々の議論に気を取られているうちに、筋を見失ってしまうことが多々あるのです。あれはおもしろかった、これは重大だとなるのですが、じゃあ、いったい全体としてなにをいってたの、と問われると、翻訳者ですら、あれ、どういうことだっけ、となることがしばしばなのです。

また、やはり分量もあり、また密度も高いので、途中で挫折したという声も多くうかがいました。

そこで、ここでは翻訳者の一人が、じぶんなりにかみ砕き、また補助線をひいて、なるべく多くの人がわかるような筋道をえがきだしてみたいとおもいます。

わたし自身が迷宮にさまよいこむこともあるかもしれませんが、ご容赦いただきたいとおもいます。そういう場合は、遠慮なく飛ばしていただいてもかまいません。

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