なぜ「1日4時間労働」は実現しないのか…世界を覆う「クソどうでもいい仕事」という病

ブルシット・ジョブの「謎」に迫る
酒井 隆史 プロフィール

ブルシット・ジョブが存在する理由

この観察者は、その理由を考えます。

50年ぐらい前(1960年代)には、ほとんど働かないですむような世界を多くの人たちがもとめはじめた時代がありました。そして経済学者の予想した通り、客観的にも、可能性としては、その実現は遠いものではなくなっていました。

ところが、世界を支配している人々からすると、それが実現するということは、人々が、じぶんたちの手を逃れ、勝手気ままに世界をつくりはじめることにほかなりません。そうすると、じぶんたちは支配する力も富も失ってしまうことになります。

そこでかれらは、あの手この手を考えます。

そのなかのひとつが、人々のなかに長いあいだ根づいている仕事についての考え方を活用し、あたらしい装いで流布させることでした。

その考え方とは、仕事はそれだけで尊い、人間は放っておくとなるべく楽してたくさんのものをえようとするろくでもない気質をもっている、だから額に汗して仕事をすることによって人間は一人前の人間に仕立て上げられるのだ、と、こういったものです。

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こういった考えを強化させつつ、二度と仕事から解放されようとか、自由に使える時間が増やそうとか、人生のほとんどの時間を生きるためにだれかに従属してすごさなくてすむとか、考えないよう、支配層にある人たちは、その富の増大分をほとんどわがものにし、仕事をつくってそれに人を縛ったうえでばらまくのです。

こうすると、なにかおかしいな、とおもっていても、でも仕事をするということはそれだけで大切だ、むなしかったり苦痛だったりするけれども、だからこそむしろ価値がある、というふうに、人は考えてしまいます。なにかこの世界はおかしいけれども、それがおかしいと考えることがおかしいんじゃないか、と多くの人が疑念を打ち消すことによって、この砂上楼閣のような世界はかろうじて成り立っているのです。

 

成り立っているといっても、そのなかは不満で充満しています。うすうすむなしいとおもいつつ仕事をしている人たちは、むなしくなさそうな人たちをことあるごとに攻撃しています。そうした人たちが、労働条件をもう少しよくしようとしてストライキでもしようものなら、容赦のない攻撃がくり広げられます。そして、技術的条件によって仕事がどんどん不要になっていくという社会の趨勢のなかで、多数の人たちが失業状態になっていきます。そうすると、かれらに対して、残りの人たちのほとんどすべてから「怠け者」とか「たかりや」といった罵声が浴びせられます。つまり、この砂上楼閣は緊張感がみなぎっていて、いわば、ごく一部を除いてだれも得をしないというか、みんながみんなを不幸にしあう悪意のぶつけあいによって、ぐらぐらと揺れているのです。

こうしてこの観察者は、その観察の結果を日本語の文字数にしておよそ6000字程度の小レポートとしてまとめ、ウェブに公開します。そのさい、この世界のかなりの人たちがみずからもうすうすそう感じながらやっている「どうでもいい仕事」に、「ブルシット・ジョブ」(BSJ)という言葉をつくってあてはめました。

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