2021.12.05
# 歴史

『鬼滅の刃』遊郭編、「子供に『遊廓』の存在をどう伝えるか」問題を専門家と考える

「遊女」とはどんな存在だったのか

「遊廓って何?」と聞かれたら

12月5日からアニメ『鬼滅の刃』遊郭編の放送がスタートします(以下「遊廓」の表記については『鬼滅』の「遊郭編」を表す場合のみ「郭」の漢字を用い、ほかは「廓」を用いました)。

「遊郭編」は、遊廓に棲みつき人を食べるという鬼について、主人公の竃門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、そして鬼殺隊の最高幹部・柱の一人である宇髄天元らが調査するという内容です。

 

お子さんのファンも多い同作ですが、小さな鬼滅ファンたちの親にとって頭が痛いのが、「遊廓」というものの描写を含む作品を子供に見せていいのか、という問題でしょう。もし見せるとして、子供から「遊廓って何?」と聞かれたときにどう答えるか、ある程度の答えは用意しておきたい…と思われる方も多いかもしれません。

そこで今回、『遊廓と日本人』(講談社現代新書)などの著書があり、江戸文化の研究者で法政大学前総長でもある田中優子氏に、「遊廓とは何か」「遊女とはどういう存在だったのか」を中心に話を聞ききました。

──『鬼滅の刃』の時代設定は、大正時代ですが、まずは、そもそも遊廓とはどのような場所だったのか、その来歴を教えてください。

田中 はい。日本には、古代から楽器演奏、歌、踊りに秀でた芸能者としての「遊女」がいたことが知られています。彼女たちは「芸能者」だったのですが、性的なもてなしをすることもありました。記録も残っています。

遊女と交流することのできる独立した区域=「遊廓」は、江戸時代より前であれば、1585年に大坂に、1589年に京都にできています。京都の四条河原ではこのころ、常設の舞台ができ、遊女たちが「能太夫」や「舞太夫」(能や舞を披露する芸能者)をつとめましたので、やはり遊女たちは芸能者としての比重が高い存在でした。

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