2021.12.03
# 野球

「江夏の21球」のウラで、広島の名将・古葉竹識監督が考えていたこと

プロ野球・裏面史探偵(12)

衣笠祥雄の気遣い

広島を4度のリーグ優勝と3度の日本一に導いた古葉竹識が、さる11月12日、85歳で亡くなった。

広島が初めて日本一になったのは1979年のシーズンである。「江夏の21球」で幕を閉じた近鉄との日本シリーズは今も語り草だ。

筆者と古葉竹識氏
 

3勝3敗で迎えた第7戦、舞台は大阪球場。広島が4対3と1点リードの9回裏、無死一、三塁の場面で“事件”は起きる。古葉監督が池谷公二郎、北別府学両投手にブルペンでの投球練習を命じたのだ。

それを目にしたマウンド上の江夏が「何をしとるんや!」と激怒、ファーストの衣笠祥雄が「オマエがやめるなら、オレも一緒にやめる!」と言葉をかけ、平常心を失いかけていた江夏の気持ちをバッターに向かわせたのは有名な話である。

その時の気持ちを、後に江夏はこう語った。

「自分の気持ちがどうこういう前に、局面だけから言っても、それはもう苦しいわけよ。マウンドに立つ自分の後ろには7人の選手が守っている。真正面にはキャッチャーが構えている。ベンチの中にも選手が控えている。ただ、あのときに誰が自分の気持ちを理解してくれていたか……。そう考えると、やっぱりあれは嬉しかったよね」

声をかけた衣笠はどんな気持ちだったのか。

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