1993年、パリコレにモデルとして参加して以来、モデル活動に、執筆や講演活動にとフル回転。常に前向きかつフェアなメッセージと笑顔で、多くの人を元気づけているアン ミカさん。なぜアン ミカさんは、いつもポジティブに輝いているのでしょうか。アン ミカさんが今のアン ミカさんになった秘密を、「言葉」をキーワードにし、その言葉にまつわるエピソードをお聞きして紐解く本連載。読むだけで心がちょっとラクになる、ビタミンのようなメッセージを受け取ってください。

連載第10回では引き続き、アン ミカさんの「仕事論」をじっくりお聞きします。「自称モデル」だったという10代で、パリに渡ったアンミカさん。そこで絶望を感じながらも、否定の意見を受け取り、自身をどのように変えたらいいのかを考えてすべて学びにしていく様には大きな感銘の声も集まりました。アンミカさんが製作した『ポジティブ日めくりカレンダー 毎日アン ミカ』にもある「失敗はない、学びと発見があれば」「運がイイ!と思おう。Lucky!」という言葉のもとになった、仕事を通して得た学び、そしてつかんだ幸運とは?

アンミカを作った言葉」今までの連載はこちら
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モデルの仕事は、90%のオーディションに落ちること

モデルの仕事は、90%のオーディションに落ちることだと言っても過言ではありません。広告やCM関係の場合、月に20本のオーディションがあったとして、イスは1つですから受かるのはよくて1,2本。ショーの場合、月15本のオーディションで、半分受かれば売れっ子。一般的なモデルの場合、勝率はせいぜい2割くらいでしょうか。特に大阪は狭い世界だったので、私も最初の頃は合格率で言ったら1割なかったと思います。

もちろんスカウトでモデルになって、そのまま大活躍という方もいますが、私は全然そういうタイプではなく、常に“人生遠回り”(笑)。だからこそ見える景色もありましたし、人一倍多くのことを学ばせていただいたという自負もあります。とはいえ、やっぱり不合格が続けば落ち込みました……。

モデルといっても仕事はいろいろあります。私は軌道に乗るまでは通販会社の服を完成するまで試着するトルソーモデルもやっていました。本来トルソーモデルと聞くと、デザイナーさんがモデルの体に布をかけ、どんどん針を打って形にしていくクリエイティブな作業ですが、私がさせて頂いた仕事は、完成間近のサンプルを着て自分自身の存在は消してひたすら黙って立っている仕事でした。

存在を消してひたすら黙っている仕事でも、笑顔で続けた理由があった 撮影/大坪尚人