最近やたら聞くようになった『自己肯定感』という言葉。不安感が増したコロナ禍ではさらに、使用頻度が増え、流行語大賞に選ばれてもいいほどだ。しかし、「本来の意味とは違う意味で言葉が一人歩きし、モヤモヤする」というのは、プラスサイズモデルとして活躍しながら、体型や外見などのルッキズム、摂食障害などの問題をSNSで積極的に配信している吉野なおさんだ。なおさんが感じる「自己肯定感」の違和感とは一体なんなのだろうか?

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キラキラ装飾の自己肯定感って何!?

書店に行くと、『自己肯定感』という言葉がタイトルに入った本がいくつも陳列されているのを見かける。SNSでも『自己肯定感を上げる方法』がバズっていたり、私自身もSNSなどで、よく「自己肯定感を上げるにはどうしたらいいですか?」という質問を受けたりする。

謙遜や自己犠牲するほど他人に尽くすことが美談として語られることが多い日本で、今まさに新大陸発見ばりに注目され、使われているのがが『自己肯定感』という言葉なのかもしれない。

まず、誤解のないようにお伝えしたいのが、「自己肯定感」は「自分は自分のままでいいんだ」と認識することで、とても大切だということ。虐待やDVで「お前はダメだ」と言われ続けると、「どうせ私は価値のない人間だ」という考えを植え付けられかねない。

でも、最近なんだかモヤモヤを感じている。『自己肯定感』という言葉が一人歩きし、誤った解釈を生み出しているように感じるからだ。たとえば、「可愛くなって自己肯定感が上がった」「この補正下着を着たら自己肯定感が上がった」「いつまでも美しく!自己肯定感が大切!」といったように、「何か秀でた条件を得る=自己肯定感を得られる」といった解釈で、自信と自己肯定が混同されてきていることに違和感を覚えてしまう。

自己肯定感を上げる方法としてよくある「日常のささいなことから自分を褒める」という方法が、いつの間にか「自分の容姿を褒めること」という解釈で伝言ゲームのように、上部だけの情報として広まっている。「実際はブスなのに自分を褒めるなんてナルシスト。自分を褒められる人は元々きれいな人なんでしょ。私には無理」という意見も見かける。他人に言わない限り自分の心の中は自由なはず...と思いつつも、自己肯定感の捉え方がどんどんずれてきてしまっている印象を受ける。

SNSでも自己肯定感をフレーズに、キラキラした生活をアップする人は少なくない。キラキラは悪いことではないが、キラキラでなければ自己肯定感がない、には違和感がある。photo/iStock