2021.12.03

「社会はリベラルに運営し、個人としては保守的に生きよ」…〈21世紀の道徳〉が教えること

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

理性を用いれば、自分とはまったく縁がない他集団の人であっても、自分と同じように幸福や不幸を感じる存在であることが理解できる。ある人が自分とは違う国に住んでいることや、自分とは違う人種であることや、自分とは違う性別であることは、その人のことを配慮しなくていい理由にはならないことが理解できる。

行為の結果が目に見えないところで生じたり、長時間かけて生じたりするために(道徳)感情はまったく反応しない場合であっても、結果的に人を傷付ける行為であるなら止めるべきだ、ということも理解できる。一人を助けることよりも5人を助けることや、100人を幸福にするよりも1000人を幸福にすることのほうが望ましい、ということも理解できる。

 

「功利主義」の効用

『21世紀の幸福』では、行為や判断が生じさせる結果を重視して、「一人を一人として数え、けっして一人以上には数えない」ことと「最大多数の最大幸福」を目指すことを信条とする功利主義が、規範に関してはベストな理論であると論じている。近代のイギリスでジェレミー・ベンサムJ・S・ミルが提唱した功利主義は、もっとも理性的な倫理学理論であると考えられるからだ。

逆にいうと、ほかの倫理学理論は、多かれ少なかれ道徳感情に影響されてしまっている。たとえば、近代ドイツの哲学者であったイマニュエル・カントは複雑で長大な前提に基づいて「義務論」と呼ばれる理論を主張したのであり、カントの理論は「人権」に関してわたしたちが学校で学ばせられる考え方にも影響を与えている。しかし、カントの複雑な理論も人権という発想も、一見すると論理的であるが、しょせんは感情を正当化したものに過ぎない。

また、最近では、理性をあからさまに批判して感情や関係性の優位を説く、共感やケアに基づいたフェミニスト倫理学が注目されている。けれども、彼女たちの議論も、道徳感情に潜在する問題を無視した側面があるのだ(この点について詳しくは本書をお読みいただきたい)。

そして、功利主義に基づく規範論はじつにリベラルなものであり、左翼的で反差別的なものとなる。たとえば、同じ金額を寄付することで「一人の同国人」の生命を救える団体と「二人の外国人」の生命を救える団体があるなら、後者の団体に寄付するべきだということになる。

さらに、同じ金額で「100匹のネコ」を救える団体もあるなら、そちらのほうに寄付するべきかもしれない。相手の国籍や人種や性別によって道徳的に配慮するかしないかを変えるのが間違っているのと同じように、相手の生物種によって道徳的に配慮するかしないかを変えるのも間違っているからだ。

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