日本の隠れた傑作航空機・US-2を世界の海で活躍させよう

インド太平洋にこそふさわしい飛行艇

戦前から伝統の技術

今から四半世紀前の1996年の秋、兵庫県の航空機メーカーである新明和工業株式会社は、飛行艇「US-1A改」(後に「US-2」と改称)の開発の主契約者に指名された。US-1A改は、同じく新明和工業で開発・製造され、対潜水艦戦(ASW)と捜索救助(SAR)の両方に対応できる航空機として1970年代初頭に導入されたUS-1A水陸両用機を大幅に改良したものである。

1990年代に入ると、US-1Aは老朽化が進み、ユーザーである海上自衛隊は後継機の製造のための予算を要求した。しかし、全く新しい機体を設計・製造するほどの予算はなく、新明和工業がUS-1Aを改良・近代化することでUSー2が生まれた。

二式大艇

読者の多くが見たことのある現代の水上機や飛行艇の写真は、おそらくUS-1Aや現在のUS-2であろう。新明和工業株式会社の前身である川西航空機株式会社は、戦前・戦中に使われ、連合国側が "エミリー "と名付けた「二式大型飛行艇(二式大艇)」をはじめ、いくつかのモデルを開発した。これらの航空機を日本軍は航空機をうまく使いこなし、また技術者は航空機を設計することに長けていた。

 

連合国は戦後、日本が航空機を作ることを禁止したが、1952年に占領が終わると、禁止令は解除され、川西航空機株式会社の後継者である新明和興業株式会社(1949年設立、1960年に、現在の新明和工業株式会社に社名変更)は、翌年から航空機事業を再開した。

関連記事