内面でくすぶっていた自己否定が暴力の引き金に

以前の池田さんは、人前で自分のことを話すことが怖くてたまらなかったそうだ。大学時代のゼミでのこと、半年以上一緒にやってきた仲間内で原稿を読むだけなのに、声の震えが止まらなかった。加害者教育プログラムで発言するときにも、ひどく緊張して落ち着かなかった。

「プログラムでは、私の犯した加害と生育歴とのつながりなどについて考える授業もあって、自分自身が両親から虐待を受けていた過去にも向き合うことができました。そこでわかったのは、親から虐待を受けた(第2回の記事参照)ことは多少なりとも私の性格や態度に影響し、私は自己否定がとても強い人間になったということです。そんな自分を認められず、常に虚勢を張って生きていた。『自分を良く見せたい』と、過剰に反応してしまっていたのだと思います。

どんなに親密な間柄にも、境界線は必要です。処理できない感情を他人にぶつけることは、モラハラやDVにつながると、今ならわかります。ですが、結婚生活では『なぜ、妻なのに自分を否定するんだ』という、被害者意識すら感じていました。私は妻を一人の人間として大事にできなかった。妻が感じていた怖さや苦しみついてもわかっていませんでした。

このプログラムを受けなければ、自分の正直な気持ちを知ることや、気持ちに蓋をしていることにも気づかないまま生きていたでしょう。他者との良好な関係をなぜ築くことができないのか。その原因がわかったことは、すごく大きいと思っています」

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許す・許さないは相手に委ねるしかない

プログラムを通じて、自分を否定する気持ちが次第に薄らいでいくと、周囲の人に対する態度も変わっていったという。

「例えば、夜中にコンビニに行き、コロッケを買おうとしたけれど売り切れていたとします。昔の私だったら『コロッケをください』と言い、『作れない』と言われると不機嫌な態度を店員さんにぶつけていました。それが『今からお願いしたら作ってもらえますか』と聞けるようになりました。その際『作れない』という返事だったとしても、『そうですかわかりました』と受け流せるようになりました。私自身の経験からも、加害者向けのプログラムや学ぶ場はあったほうがいい。いや、もっともっと必要だと思っています」

怒りや不機嫌な態度をコントロールできるように変わってきたという。photo/iStock

今なら、以前のようにすぐに腹をたてたり、感情的になったりすることはない。元妻と話しても、きっと穏やかに対応できるだろうという自信がついたという。

「ただ今の状況は、一人壁打ちテニスをしているようで、少し寂しいです。許されるなら妻にきちんと謝りたい。でも、許す・許さないは相手が決めること。それを相手に求めるのは間違っていると思えるようになりました」と、池田さんはいう。