かが屋・加賀翔が語り尽くす「かが屋コントの“やさしい笑い”の源流」について

小説『おおあんごう』から見えるもの

気鋭のお笑いコンビ・かが屋の加賀翔が初めて書いた小説『おおあんごう』(講談社)が、発売前から重版になるなど話題を呼んでいる。岡山の田舎で粗暴な父親に振り回されながら生きる少年の姿を描いた本作には、かが屋の「笑いの源流」を解き明かすヒントがちりばめられていた——。

【前編】「かが屋・加賀翔が初めて明かす「コントと小説、その作り方の“決定的な違い”

 

「笑いの原点」は幼少期に

——この小説のなかには、いくつも哀愁を感じるシーンがありました。お母さんが入院したとき、父親が焼きそばを作ってくれるんだけれど、味付けがあまりにヒドくて水で洗い流す場面なんかは、物悲しくも可笑しくて、かが屋のコントそのもののように感じました。かが屋のコントを観ていると哀愁を感じることが多いのですが、ネタ作りのときに、ちょっとした哀しさ・寂しさを入れるということは意識されているんでしょうか?

最近は減りましたけど、昔はそういう感覚がありましたね。自分の周りには明るいボケをする芸人や勢いのあるツッコミが得意な芸人が多かったので、どこかで差別化を図りたいという気持ちがあったんです。

ただ、自分に向いていないことはできないので、僕らの見た目の地味さを生かすにはどうすればいいか、と思っていて。

僕らのネタで、コンビニに自転車を停めて買い物をしていたら、戻ってくる間にカップルが自分の自転車の前で喧嘩を始めてしまって自転車が取れなくなる……っていうのがあるんです。このネタで、戻ってきた男の子がその状況に気付いてハッとなったときに、見ている全員がその気まずさを理解する。そこで笑いが生まれるのがすごく嬉しいし、そういう、声にならない悲しさみたいなものがいちばん面白いと思うんですよ。物悲しい表情や空気感で笑いを生むのが好きなんです。

反対に言えば言葉のノリやワードセンスで笑いを取るのがあまり得意じゃないというか、自信がなかったのかもしれないですね。

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