中学時代からあった「怒りの爆発」

池田さんは、夫婦喧嘩の際に、不満を感じると怒りが爆発してしまうと語った。そうした怒りは子ども時代からあったことなのだろうか。

池田さん:自分がイライラした時に、何かものに当たるという行為は、中学生の頃からあったと思います。部屋の壁を殴ったり蹴ったりするので、壁は穴だらけでした。時折、頭を抱えて「わーっと」大声を出すこともありました。

今思うと、私のDVの下地はこのころからあったように感じられてなりません。言い訳にはならないと思いますが、育った環境と私の性格や行動とは無関係ではないと感じています。

家族は両親と母がたの祖父・祖母、姉・弟の7人家族。母は長女で、父は婿養子に入りました。

父は仕事人間で、毎日帰りが遅く、家にいたのは日曜日ぐらい。そのせいもあって父とのコミュニケーションはあまりうまくいっていませんでした。一方、母はしつけの厳しい人でした。当時流行っていたゲームやマンガ、おやつはほとんど買ってもらったことがありません。誕生日のプレゼントは、欲しいものがあっても聞き入れられず本ばかり。あるとき母方の叔母が、車のおもちゃを買ってくれました。私は大変喜びましたが、母はいい顔をしませんでした。とにかく「子を甘やかさない」を地でいく人でした。

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母が包丁を持ち出すほど、怒鳴り声が響く家

両親の仲は決してよいものではなく、喧嘩の絶えない家でした。母は気性の激しい人で、気に入らないことがあると、些細なことで怒り出しました。共働きだったにも関わらず、父は家事育児に協力的ではなかったので、そのことも喧嘩の背景にあったようです。

父もすぐに激昂しやすい人で、喧嘩になると子どもの目の前でも容赦ありません。大声で怒鳴り、ものに当たったり、ものを投げつけて壊すといったことがよくありました。大きな音がするのが怖くて、耳をふさぎながら喧嘩が収まるのを待つしかありませんでした。

私が小学生だった頃、父の帰宅が毎晩深夜2時、3時になりました。母親は、父の帰宅時間をカレンダーに毎日書くようになりました。帰宅した父親の前で、母が包丁を持ち出し、喧嘩を始めたことを覚えています。姉が私と弟に「親が離婚したらどうする?」と聞いてきたこともありました。

母の怒りは、私にも向けられました。小学6年生の誕生日、初めて父がラジオを買ってくれたのです。すごくうれしくて、毎日夜更かししながらラジオを聞いていました。そのことが母の逆鱗に触れました。「こんなもの壊してやる!」と、母はラジオを柱に叩きつけました。「お願いだからやめて!」と懇願してもやめてもらえずラジオは粉々に。帰宅した父に、それを見せて「同じものがほしい」とせがみましたが、買ってもらえませんでした。ほかにも、大事にしていたランプを壊されました。

なんで優しくしてもらえないんだろう、自分は親に大切にされていない……。何もかも嫌になって、中学や高校では、一時期不登校になりました。学校に行かなくなると、両親は会社を休んでまで「なぜ学校に行かないんだ」と、厳しく理由を問い詰めました。膝詰めで何時間も責められたり、家の外まで引きずり出され、放り出されたこともありました。