認知症のみならず、介護には様々な問題がある。先日も夫と息子の介護をしていた60代の女性がふたりを殺害するという痛ましい事件が起きた。介護との直接的関係は明らかにはなっていないが、「介護に疲れた」と口にしていると報じられた。自宅での介護で疲れ果てた介護者が自殺してしまった例なども実際あり、深刻な問題になっている。

認知症の義母を自宅で介護していたのが、フリー編集者の上松容子さんである。実は上松さんは結婚当初から義母の謎行動に振り回されていた。鍋を使い終わったらすべてにきっちりラップをまかないとダメだったり、ちょっとだけでも焦がした料理はすべて捨てられてしまったり、突然意地悪なことを口走ったり……困惑しながらも、どうやら義母の育成環境なども影響があるように感じていたのだった。

しかしそんな義母の「謎行動」はさらにバージョンアップしていく。そして軽度の認知症との診断を受け、要介護2で自宅での同居による介護が始まったのだった。実の息子である夫との仲もよくなかったため、上松さんが義母の面倒を見ることになる。上松さんの実の母と伯母も認知症で並行して様々な問題が生じながも、ふたりは要介護3以上で施設に入ることができ、義母の介護に集中することになったのだった。
そんな義母との関係や介護の状況を名前を変えて率直に伝える連載「謎義母と私」、最終回の今回は自宅介護の限界を感じた時のことをお届けする。

容子    20代後半で結婚。現在50代
夫・K     容子と同い年。営業職
明子    容子と夫の一人娘
実母登志子 昭和ヒト桁生まれ 元編集者を経て専業主婦。認知症で要介護2
義父       東京近郊在住 大正生まれ 中小企業社長
義母トミ子 昭和ヒト桁生まれ 元看護師 専業主婦。数年前から認知症の傾向で要介護1
上松容子さん連載「謎義母と私」今までの連載はこちら
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夜明けの家出! もう無理だった自宅介護

義母トミ子の徘徊対策に苦労していた2020年春、明け方5時前だった。
家の電話がけたたましく鳴った。心臓が口から飛び出すかというほど驚いて飛び起き、息を整える間もなく受話器を取る。
「もしもし」
「上松さんのお宅ですか。こちら○○駅前の交番ですけど、トミ子さんはそちらのおばあちゃんですね? 今、こちらで保護しています。おばあちゃん、駅前まで歩いて来られてね、転んじゃったんですよ」

うわあ、やってしまった!
「雨が降ってるから足が滑ったんでしょう。顔から転んだみたいで、ちょっと顔、腫れてます。これからお家にお送りします」

動悸が収まらないまま何度もお礼を言い、夫を途中まで迎えにやった。「今は夜!」と書いた玄関の貼り紙やドアノブにぐるぐる巻きにしていたスズランテープはきれいに取り外され、たたきに落ちていた。

義母は、夫と警察官に伴われて帰ってきた。グチャグチャに壊れた傘を持っている。私の傘だった。出掛けに雨が降っていたから適当に持ち出したのだろう。出血はあまりなかったが、顔面に擦り傷があり、額から鼻が膨れていた。

ショックだったし腹立たしくもあったが、義母本人を責め立てても、ポジティブな答えや結果が得られるとは思えなかったので、何も言わずに迎え入れ、着替えさせた。顔をそっと拭き、消毒薬をつける。病院に行って、念のためレントゲンかCTの診断を受けたほうがいいだろう。とりあえず温かいお茶を飲ませたが、もうその段階で、自分が何をやらかしたのか忘れているようだった。

「容子さん、顔が痛いんだよ。どうしたんかね」

その日の午前、仕事をキャンセルして病院に向かった。以前、転倒したときにCTを撮ってもらった病院はコロナ患者のために検査の特設会場を開いており、年寄りを連れて行くのは憚られる。そこで、家族がかかったことのある整形外科専門の個人病院に連れて行った。CTの結果は特に問題なし。膝に打ち身、手に擦り傷はあったが、骨折などはない。ホッとした。

翌日から、義母の顔には内出血の跡が青黒く浮き出してきた。すると、義母は息子に暴力を振るわれた、と騒ぎ始めた。案の定、である。

「ほら、息子にはたかれて、こんな顔になっちゃったんですよ。本当にひどい。親にこんなことしますかね」

夫は怒り狂ったが、もう相手の記憶が別物にすり替わっているのだから、どうしようもなかった。義母の内出血は、青から紫、黄色の混じったまだら模様になり、ゆっくり消えていった。義母はアザがすっかり消えるまで、息子をなじり続けた。