ゲノム研究によって、ヒトに至る遺伝子進化はどこまでわかったのか?

ヒトとなるには遺伝子発現の調節がカギ
隅山 健太 プロフィール

1975年、キングとウィルソンは一報の論文を発表しました。それまでに明らかになっていたヒトとチンパンジーのタンパク質などの生体高分子のデータを集めてその差を調べ、遺伝的な距離を計算したのです。その結果、タンパク質の差は1%以下と小さく、ヒトとチンパンジーの形態的・生理学的差異はタンパク質のアミノ酸の差異ではなく、むしろ遺伝子発現調節に関する違いによるものであろうと予測しました。

当時はまだ分子発生生物学の黎明め期で、遺伝子の転写制御機構というものがどういうものか、よくわかってはいませんでした。彼らは調節上の違いを調べる新しい方法が必要だと述べ、この仮説の信憑性を確かめるべきだと主張しています。

また、胎児の発生過程における遺伝子発現の調節メカニズムについて調べることが、個体レベルでの進化を理解するのに重要であるとも述べています。現代のゲノムの知識から考えてもこれはよく的を射た議論でした。

遺伝子発現調節がヒトの進化に重要

今ではゲノム上の転写調節はタンパク質である転写調節因子と、その標的であるシスエレメント(DNAにある遺伝子発現調節領域)、さらにはそのシスエレメントが開いた状態か閉じた状態かによって複雑に調節されていることがわかってきています。では、一体これらのどこの違いがヒトとチンパンジーの違いを説明するのでしょうか?

残念ながらこれに関しては今のところまったくといっていいほどわかっていないのです。しかも、遺伝子の発現量の違いがあるとしても、それがただちに種の表現型の違いに結びつくわけではないところがまた難しいのです。

マイクロアレイ(遺伝子に相当する多様な配列の微量DNAを基板上に整列して載せて固定化したもので、RNAの発現量を解析する)を用いた実験データによると、ヒトとチンパンジーの遺伝子発現パターンの比較の結果は、組織ごとの遺伝子発現量の違いがおおかた中立的で、とくに有利な表現型の違いに結びついてはいないようである、というものでした。

【写真】ヒトとチンパンジーヒトとチンパンジーにおける表現形の違いについて、組織ごとの大まかな遺伝子発現量の違いからは、原因が認められなかった photo by gettyimages

今のところ、データの扱い方の確立した方法がないために最終的な結論をだすのはまだ早いようですが、いずれにしても、ヒトとチンパンジーの形態的な違いを説明する変異を探り当てるのは非常に難しい作業であることだけは間違いないのです。

最近の古人骨ゲノム解析の進歩はめざましく、2010年にスバンテ・ペーボたちのグループはネアンデルタール人の化石から全ゲノム配列を決定することに成功しました。

またその後デニソワ人のゲノム配列も決定され、100万年ほど前に現生人類から分岐したことや、デニソワ人の中でも系統によって遺伝的な違いが非常に大きいことが報告されています。2019年にはデビッド・ゴクマンたちのグループが、骨格に関係すると考えられるゲノムDNA領域のメチル化を調べて、デニソワ人骨格の特徴を推定する報告をしています。

こうした近年のゲノム研究の進歩を考えると、そう遠くない将来に私たち現生人類の特徴を決めているゲノム・遺伝子進化の謎が解き明かされるかもしれません。

*記事中のイラストには、『図解 人類の進化』収載のものがあります。イラストレーター・安富 佐織(Saori Yasutomi)

図解 人類の進化 猿人から原人、旧人、現生人類へ

編・著 斎藤 成也/著 海部 陽介、米田 穣、隅山 健太

化石や遺伝子の研究から、われわれ人類の進化の過程が明らかになってきました。第一線の研究者たちが、進化の基礎からゲノムの話題まで、豊富なイラストを使って、初心者にもわかりやすく解説します。2009年に刊行した『絵でわかる人類の進化』に加筆修正した新書版。

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くわしくは、 https://gendai.ismedia.jp/list/books/bluebacks/9784065261361 で

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