偽遺伝子化による進化の例
もうひとつの、遺伝子の機能が失われる場合などの遺伝子進化パターンである偽遺伝子化による進化の例として有名なものには、ビタミンCの合成酵素の欠損があります。
霊長類とモルモット、ゾウなどを除いて、多くの哺乳類は自前でビタミンCを合成できるのですが、原猿以外の霊長類ではビタミンC合成に必要な遺伝子(グロノラクトン酸化酵素遺伝子)が偽遺伝子化して機能を失っているのです。霊長類では葉や果実などの食物からビタミンCを摂取できるので、もはやこの遺伝子が必要なくなったのでしょう。環境が変わったことで遺伝子が不要になった例であり、中立進化によると考えられています。

同様に環境変化のため不要になったと思われるものに、嗅覚受容体の進化があります。霊長類では外界の情報を得る手段として、嗅覚よりも視覚に依存しています。ヒトの場合、嗅覚が退化したと考えられ、その結果として、嗅覚受容体遺伝子の約50%が偽遺伝子化しています。
ヒト化のもっとも華やかな面である脳容量の増大について、おもしろい説が最近だされました。それは、ミオシン重鎖16番遺伝子が、ちょうど脳容量の増大がはじまる時期に相当する約240万年前に生じた突然変異によって機能を失い、その結果、咀嚼筋の発達が弱くなり、脳容量の増大を妨げる要素がなくなったために脳の増大につながったのではないか、と考える説です。
これには反論があり、咀嚼筋の減退が本当に起きたのか、あるいは咀嚼筋が脳容量の増大の妨げに本当になっているのかについて疑問がだされています。
キングとウィルソンの予測
いくつかの例をあげてきましたが、これらは遺伝子のタンパク質をコードする情報が変異して進化する例でした。実はここでは触れなかった大きな問題が残されています。
それはタンパク質の変化による新しい機能の獲得や、遺伝子の消失などではないもっと大きな変化が、本当のところヒトの進化を促したのではないかという可能性です。
ヒトの特徴を知るためには、ヒトにもっとも近縁な霊長類種、すなわちチンパンジーとの比較が有効です。形態的、生理学的、行動学的、生態学的な違いがこれまでによく研究されてきました。
最近ではチンパンジーゲノムの概要配列が2005年に発表され、ついに全ゲノムレベルでの比較ができるようになりました。

2002年の藤山らによるヒトとチンパンジーのゲノム配列の違いは1.23%という値です。この中にヒトとチンパンジーの違いの秘密が隠されているのでしょうか。