ゲノム研究によって、ヒトに至る遺伝子進化はどこまでわかったのか?

ヒトとなるには遺伝子発現の調節がカギ
隅山 健太 プロフィール

新規機能獲得による遺伝子進化の例

新規機能獲得による遺伝子進化の例として、免疫系の進化が有名です。ヒトを含む霊長類でよく研究されているものに、MHC(主要組織適合性抗原)遺伝子や免疫グロブリン抗体遺伝子の例があります。これらは獲得免疫反応に必須で、分解した外来異物を提示する役割や、外来異物に結合して無害化する役割をもつものです。

これらの遺伝子で外来異物を認識する領域の進化を調べてみると、種内・種間を問わず、非常に多くの変異が生物集団内に蓄積していることがわかりました。

さらに、こうした変異を生みだす塩基の突然変異は、アミノ酸を変化させる変異(非同義置換といいます)に極端にかたよっていることがわかりました。このことは、タンパク質の変化を起こす変異が進化の途上で積極的に選ばれてきたことを示し、このような現象を正淘汰進化、あるいはダーウィン型の淘汰進化が起きたといいます。これは、記事〈進化学の金字塔「進化論」 DNA時代の矛盾を解消する説とは〉(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89241)で説明した中立進化とは異なります。

さらに、感染性のバクテリアがつくりだすタンパク質分解酵素が攻撃の標的にする抗体分子のヒンジという領域でも、抗原認識部位と同様に正淘汰進化していることがわかりました。

【図】抗体分子抗体分子 illustration by saori yasutomi

このように免疫系では外来の敵との応酬の結果、集団中に少しでも多く変異があったほうが生存に有利となる状況があり、常に正淘汰進化が起き続けるのです。霊長類の進化の過程で、新しい環境では常に新しい感染性の外敵と戦わなければならず、獲得免疫系のたゆまざる進化はヒトへの進化を支えてきたゲノム進化の一例といえるでしょう。

生物の生存に欠かせない色覚にも影響

免疫系以外の例もあげてみましょう。食物獲得に関する機能は生物の生存にとってもっとも重要な機能のひとつです。樹上生活で主に果実食をする霊長類にとって、色覚は非常に重要な機能です。霊長類以外のたいていの哺乳類や原猿では、光受容体のオプシン遺伝子がX染色体と常染色体にそれぞれひとつだけしかないので、赤と青の二色の色覚をもつことになります。

これに対してヒトや旧世界猿では、このX染色体上の赤オプシン遺伝子が重複した後に、一方のオプシンにアミノ酸の置換が起こって緑オプシンが生じたために、赤と緑を別々に認識できるようになって三色視ができるようになりました。これも食物獲得に役立つことによる正淘汰進化の例でしょう。

【図】三色視三色視 illustration by saori yasutomi

言語能力の進化もヒト化において重要な側面でしょう。この言語能力にかかわる遺伝子進化として近年注目を浴びているのがFOXP2遺伝子です。他の霊長類と比較してみると、ヒトだけに2個のアミノ酸置換が生じており、しかもこれが正の淘汰を受けて進化した可能性があることが示されました。

この遺伝子は音声や言語の能力に必要であることがわかっていることから、このふたつのアミノ酸置換による進化が、ヒトの音声・言語能力の進化に少なくともある程度部分的に寄与したのではないかという説がだされています。

しかしながらまだそのメカニズムがわかっておらず、FOXP2が本当に人類の言語能力進化を促したのかどうかの結論はまだ先になるでしょう。

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