母が看護師さんに付き添われ奥の部屋へと移動して行く。
私は元の待合室の長椅子に腰を下ろした。

これからどうしていけばいいのかなあ。

診察1つで、母1人で、これだもんなあ。更に姉も、頼りにならない父も。3人をおんぶしたら土にめり込んで窒息している自分が浮かんだ。おいおい……想像で死ぬなよ。
拳で心臓をドン……ドン……と叩く。うんともすんとも言わない……あれ……どうした。
私生きてるか?……あれ……真っ暗だな。どうやって現実に帰るんだっけ……。

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すると突然、
「しんぞーーー!!」と大声がした。
ドンン! と心臓が跳ねた。何事だ。聞き慣れた声。母だ。
「しんぞーーー! あべーーー! すみ! いる? 先生に伝えてー! 総理大臣(当時)! 思い出したよー! しんぞーーー! あべーーーー!!!」

なぜ、ファーストネームから……。
廊下と待合室に響き渡る。
受付の看護師さんや他の患者さんに、すみませんと頭を下げながら母のもとへ向かう。
一瞬落ちた私の心臓を母は救い上げた。

「安倍さんね、絞り出たね、やったね」と声をかけた。
「間に合う? セーフか?」
「うん、セーフだよ」
会話で寄り添うってこういうことかな……いやどうか……わからない。

診断結果は脳の萎縮も見られ初期の認知症だった。

しばらく家が荒れた。 

母は1人で「セーフって言ったじゃないか! 騙しやがって!」とか「アウトアウトって言いやがって!」とか「セーフだろ!」「誰がアウトだ!」と突っかかってきた。

姉がトコトコやって来た。
母の横を陣取り遠慮がちに「ヨヨイノヨイィィ」と踊る……野球拳か……。

得意げな姉。
変な空気になる。
でも明らかに少しだけ母が緩んだ。
これが寄り添うかなあ……。
姉は知っているのかなあ……上手だ。

【次回は12月20日(月)公開予定です】

猫取材中の一コマ。思い通りにはなりません 写真提供/にしおかすみこ
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