2021.11.21
# 学校・教育

いま「道徳の授業」が“面白くなっていた”…!

誤解だらけの道徳の授業観を更新する
飯田 一史 プロフィール

道徳の授業はなぜおもしろくなくなりがちだったのか

――自分が二十数年~三十年ほど前に道徳の授業を受けていたときに「おもしろい」と思った記憶が正直言ってなかったので、森岡先生の本のタイトルを見て「教師は道徳の授業をおもしろくしたいのか!?」という驚きと疑問がありました。

森岡 私が聞いた話では、上の世代の教師は道徳の時間を授業というより、そのときクラスで起きている問題に対する学級指導の時間に使ったり、あるいはNHKの番組を観て終わりにしたりする傾向があった、と。ただ近年は教科化されたこともあり、どの先生もきちんと「授業」として取り組むようになっているはずです。でも道徳の授業は難しいんですね。

何が難しいか。登場人物が出てきて、お話が語られて、ではこのときの気持ちを考えてください、はい終わり……にしたら、深まりがない。子どもたちからしたら当たり前のことを言わされている、おもしろくない時間になってしまう。

先日、教職課程の大学生と話していたんですが、小学校のときの道徳の授業は「先生が『こう言ってほしい』と思っていることを探る時間になっていた」と言っていました。では自分が教師サイドになったときに、そんなふうにならないようにするには、どう指導すればいいのか? ここがわからない。同様の悩みを、多くの若い現場教師が抱えています。

[PHOTO]iStock

――道徳の授業がつまらなかったという記憶がある人の中にはまさに「当たり前のことを言わされた」という経験があるように思います。それは避けられる?

森岡 避ける方法はいくつかありますが、ひとつにはたとえば発達に合わせた内容にすることです。算数では小学1年生で足し算引き算を教えて、2年生で掛け算を教えて、といったステップアップがありますよね。でも道徳は学年を問わずたとえば「親切」というテーマがどの学年にもある。ここが難しいところで、発達段階に応じた「親切」を学習する授業設計にしないと、まさに「5、6年生にもなって『身近な人に親切にしましょう』とか言われても」という話になる。

実は学習指導要領解説には学年ごとに道徳の授業ではどんなことに特にフォーカスして考えてもらうべきなのかが書かれています。それをしっかり押さえることで1+1を6年生で教えるような事態は避けられるようにできています。

 

――あとは、教材の内容が命やいじめなどを扱っていて重たいのも「おもしろい」と感じづらい原因では?

森岡 たしかに子を失った親の話が出てきたりしますから、子どもたちの雰囲気が重くなることはあります。ただそこで過度に人物の心情を問うものにせず、発問に工夫をしたりすると、教科書の世界にどっぷり浸かったあとにしっかり戻ってきて、自分ごととして考えたことを振り返りコメントにみっちり書いてくれたりします。

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