「筋肉」の新たな進化が始まった

2種のタンパクとオリガミで「分子人工筋肉」を実現
藤崎 慎吾 プロフィール

DNAオリガミで横紋筋に進化させる

最初のほうで触れましたが、筋肉は縮んだら自力では元に戻れません。微小管とキネシンの分子人工筋肉でも、それは同じです。

平滑筋の場合は、内臓や生物体内の内圧で伸ばすことができます。一方、分子人工筋肉は今のところ何か袋状の組織を囲んでいるわけではありませんので、袋を膨らませて戻すということもできません。このままだと、やはり動力として使うには問題があります。

そこで現在、研究チームでは「縮んだ分子人工筋肉を、いったんバラす」という方向で、解決しようとしています。つまり、せっかくできたウニとキネシン四量体のネットワークを、DNAオリガミと微小管、1本1本のキネシンにまで分解してしまうのです。そして、もう一度、最初からネットワークを組ませて、再度、収縮させる。それを、くり返すわけです。

分子群ロボットの時には、いったん群れ集まったロボット(微小管)を解散させるために「アゾベンゼン」という特殊な分子を使いました。これをDNAに組みこんでおくと、紫外線を当てることで二本鎖から一本鎖にほどくことができます。するとDNAでつながっていたロボットたちは、ばらばらになります。可視光を当てると、再び二本鎖をつくれるようにもできます。

これと同じ仕掛けを分子人工筋肉にも組みこめば、紫外光と可視光を切り替えることで、全体を分解したり、また組み立てたりできるはずです。今のところ、まだ完全に成功してはいませんが、研究は進められています。

一方で、もともとの目標は微小管とキネシンでサルコメアをつくることでした。つまり現在の平滑筋に似た状態から、横紋筋に「進化」させなければなりません。

一つの方法としては、微小管だけではなく、キネシンのほうもDNAオリガミを使って、たくさん並べることが考えられます。つまりミオシンフィラメントならぬ「キネシンフィラメント」にするわけです。今のキネシン四量体では4つの頭しかありませんが、これを何十、何百もの頭にすれば、微小管はよりしっかりと重ね合わせられるため、整然とした構造になるかもしれません。そして収縮する力や速度も大きくなることが予想されます。これも現在、研究が進められています。

【写真】共焦点レーザー顕微鏡で撮影された分子人工筋肉のネットワーク構造(a)は共焦点レーザー顕微鏡で撮影された分子人工筋肉のネットワーク構造、(b)はその一部を拡大したところ、(c)ではキネシン四量体を入れなかった場合の微小管の集合状態が、比較のために示されている。(a)と(b)では、ウニのような構造体がつながり合っているのを、はっきりと見て取れる。これらが、いずれはより整然とした横紋筋のようになるかもしれない images from Micromachines 2020, 11(9), 844; https://doi.org/10.3390/mi11090844

分子人工筋肉で人間もパワーアップ?

分子人工筋肉は、全て生物の体内にある物質でできており、ATPをエネルギー源にしている点も生物と同じです。なので私たちの体に馴染みやすく、応用としては医療分野が、まず考えられます。しかもミリ単位以下のサイズで動きますから、狭い組織の中でも使えるでしょう。例えば脳の血管に通さなければならないような、極細のマイクロカテーテルを動かすのに利用できないかといったことが、今は検討されているようです。

また葛谷さんは現在、文部科学省の「科研費学術変革領域研究(A) 分子サイバネティクス」というプロジェクトに参加しており、そこでも分子人工筋肉を応用しようとしています。

同プロジェクトでは、やはりタンパク質やDNAといった生体分子を使って、脳に似た一種の人工知能をつくろうとしています。私たちの脳にある神経細胞(ニューロン)は、枝のような「樹状突起」を伸ばして他のニューロンとつながり、信号を送ります。これを人工の細胞、あるいは「分子ロボット」で実現しようというのです。そして人工分子筋肉は、樹状突起のようなものを伸ばす部分に使われる予定です。成果はプロジェクトが終了する2024年までに出るでしょう。

【写真】樹状突起を伸ばしてつながり合う3つの脳神経細胞樹状突起を伸ばしてつながり合う3つの脳神経細胞 photo by gettyimages

さらに数十年後くらいの未来を妄想すれば、人間の筋肉を、より強力な分子人工筋肉に置き換えることも「原理的に不可能ではない」と葛谷さんは言います。私たちのゲノムを書き換えて、細胞内でDNAオリガミを含む材料をつくり、それが勝手に組み上がるようにするわけです。もちろん倫理的に許されるかどうかの問題はありますが、もし実現すれば横紋筋を超える、新たな筋肉の進化がもたらされるかもしれません。

ただ、それ以前に分子人工筋肉を改良していく過程で、天然の筋肉が、どのように進化してきたのかについての新たな知見が得られていく可能性もあります。例えば微小管とキネシンでも筋肉ができるとしたら、なぜ自然はその組み合わせではなく、ミオシンとアクチンを採用したのでしょうか? 個人的には、そんなことも気になったりします。

観察したり、解剖したりするだけではなく「つくってみて理解する」という手法が、近年、生物学分野でも盛んになりつつあります。そうした理学的な方面での成果も、ぜひ期待したいと思います。

第6回は12月30日公開予定です

このコンテンツは、科研費学術変革領域研究(A) 分子サイバネティクスhttps://molcyber.org)の支援を受け、ジャーナリストが研究者に長期取材する「ジャーナリスト・イン・レジデンス(JIR)」の一環として制作されたものです。

好評連載【脳に迫る「化学人工知能」の夜明け】のこれまでの記事は、https://gendai.ismedia.jp/list/series/molecular_cybernetics からどうぞ

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