注意せよ、不気味な「パンデミック全体主義」が世界を覆おうとしている

他人に親切な社会と親切を強制する社会

感染は落ち着き始めているが

9月16日公開「東大寺の大仏を建立した『厄病退散』文化復活でコロナ禍を乗り切れ」で述べたように、天平の疫病大流行以来、大規模な感染の拡大は概ね3年で落ち着いている。

by Gettyimages

実際、日本において、緊急事態宣言解除後、新規感染者が大幅に減っているのは事実である。理由については色々議論されているし、第6波などということも騒がれている。しかし、前述記事や8月11日公開「ゼロリスク志向は破滅の原因、コロナ対策は『Bプラン』が必要だ」で述べたように、「ウイルスの根絶は『ほぼ不可能』で我々は共生してきた」ということを考えれば、もうそろそろ「共生による正常化」を真剣に考えるべき時期だと考える。

そして、ウイルスそのものよりも大きな惨劇(特に経済・社会的に)を与えたかもしれない「コロナへの(心理的)恐怖」も正常化すべき時期に来ていると考える。「コロナへの恐怖」については、3月4日公開「コロナ亡国--過剰対策が日本の若者の未来を閉ざす」、1月31日公開「日本のコロナ対策は過剰…『常識』を疑うべきシンプルな理由」、1月7日公開「現代の『恐怖の大王』は新型コロナの顔をしてやって来るか」、昨年3月26日公開「『火星人襲来』パニックと武漢肺炎、人々の漠然とした不安の原因は?」などで述べてきた。

日本では特に、「実際の被害と心理的恐怖の間の乖離」が極めて大きかったと言える。そして、そのパニック的恐怖の中で生まれたのが「欲しがりません!勝つまでは!」の戦前を思わせる自粛ムードである。

現代の「禁酒法」を始めとする科学的根拠に基づかない行動制限が、「欲しがりません!勝つまでは!」というムードに後押しされてまかり通ってしまったことは恐ろしい。

我々は「コロナ対策」という錦の御旗で目をくらまされがちだが、「効果が本当の意味で科学的に検証されている」のであればともかく、あいまいな理由で「何かを(政府から)強制される」ことに鈍感になってはいけない。

政府だけではない。「自粛警察」という「錦の御旗の威を借りた」横暴な集団も横行した。

 

もちろん、彼らもナチスのゲシュタポや文化大革命時の紅衛兵と同じように「自らが正義」と信じている。したがって、悪意があるとは必ずしも言えないが、「正義と信じた善意」だからこそゲシュタポや紅衛兵が「悲惨な結果」を招いたことは決して忘れてはいけない。

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