【早すぎた予言者 南部陽一郎】「魔法使い」はノーベル賞を半世紀も待たされた

正しくても認められなかった独創性
大栗 博司 プロフィール

賢者と曲芸師と魔法使い

私が2013年に上梓した科学解説書『強い力と弱い力』では過去1世紀の素粒子物理学の発展の歴史を辿り、その第5章では南部先生のお仕事の解説をしました。そして、その章の最後に「偉大な理論物理学者には賢者、曲芸師、魔法使いの3種類のスタイルがある」という話を書きました。

「賢者型」の研究者は明確な問題設定から始めて、前提をすべてきちんと指定し、論理を着実に踏まえて、進んでいきます。彼らの論文を読むと、その一歩一歩は誰にでも素直に追えるものですが、論文を読み終えて気がつくと途方もなく遠くまで来ていることがあります。

一方、「曲芸師型」の研究者は、これまで誰も考えたことのない斬新な視点で問題を捉え、急峻な山々を軽々と登っていきます。彼らの論文を読むと、奇抜な論法に驚かされ狐につままれたような気分になりますが、独特の説得力があるのも特徴です。

賢者型の研究者の代表としてはゲルマン氏、曲芸師型の研究者の代表としてはファインマン氏が挙げられると思います。どちらもカルテクの伝説的な教授ですが、この2人の研究スタイルの違いについては、こんなたとえ話があります。

「深い森の真ん中に小屋があって、ファインマンは森の東の端から、ゲルマンは西の端から出発して、地図やコンパスを持たずに、どちらが先に小屋にたどり着くかを競った。ファインマンは太陽の位置や風の向き、キノコの生え方や木々のどちら側にコケがついているか、などをよく観察して独特のカンを働かせ、迷うことなく、まっすぐに小屋に向かっていった。ファインマンが小屋を見つけると、ゲルマンもほぼ同時に到着していた。そこで小屋から西の方を見ると、森の木々はゲルマンによってすべて切り倒され、西の端から小屋までが見渡せるようになっていた」

【写真】ゲルマンとファインマンマレー・ゲルマン(左)とリチャード・ファインマン photos by gettyimages

そして、ごく希に「魔法使い」としか考えられない研究者が現れます。彼らの仕事は時代を超越しているので、並みの研究者にはすぐに理解できません。論文を読んでも、どうしてそのようなことを思いついたのか、なぜそうなっているのか、見当がつきません。 しかし、彼らはこれまで誰も見たことのない自然界の深い真実を指し示しているのです。

南部先生は20世紀を代表する魔術師だったと思います。先ほどのたとえ話を続けると、ファインマンとゲルマンが小屋にたどり着いたところ、その壁にはすでに南部陽一郎の名前が刻まれていたということになるでしょう。

関連記事