【早すぎた予言者 南部陽一郎】「魔法使い」はノーベル賞を半世紀も待たされた

正しくても認められなかった独創性

「自発的対称性の破れ」をはじめとする数々の新理論を発見し、"質量"と"力"の起源に迫った南部陽一郎。その後のヒッグス粒子の発見や電弱統一理論の確立にも絶大な貢献をした彼は、20世紀最高の物理学者の1人と称されたにもかかわらず、ノーベル賞受賞は理論発表から半世紀近くも待たねばならなかった。

あまりにも時代を先取りしていたことから「予言者」「魔法使い」とも呼ばれた天才は、どのような人間だったのか? 初の本格的評伝『早すぎた男 南部陽一郎物語』の刊行を記念して、かつて南部研究室で「門下生」として身近に接した経験をもつ大栗博司氏(東京大学カブリIPMU機構長)が、師の逝去に際して寄せた追悼文を全3回にわたってご覧いただく。

本記事は、「日経サイエンス」2015年10月号に掲載された『追悼 南部陽一郎博士・南部先生が成し遂げたこと』を一部改変の上、再録したものです。

強い力のカラー自由度とゲージ理論による記述

さて、前回の〈【早すぎた予言者 南部陽一郎】「対称性の自発的破れ」が生まれた充実のシカゴ時代〉(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89285)では、イジング模型の話のところで理論物理学における「模型」という言葉の使い方について説明しました。素粒子の標準模型というときの模型も同様の意味で使われています。

この連載で何度も出てきている場の量子論は素粒子論の基本となる理論です。しかし、場の量子論にはどのような粒子がどれだけあって、その間にどのような力が働いているのかによって様々なバージョンがあります。

その中で、実験結果に合うように粒子の種類やその間に働く力を選んで、特定なバージョンの場の量子論を作り、それを現実世界の「模型」として使って新たな素粒子現象を予言する作業のことを、素粒子論では「モデル・ビルディング(模型の構築)」と呼びます。

対称性の自発的破れは特定の模型ではなく、普遍的に起きる現象であり、物性物理学の超伝導から中間子などの性質、さらには素粒子の標準模型のヒッグス粒子など様々な現象の理解に使われています。その一方で、南部先生は素粒子のモデル・ビルディングにおいても重要な成果をあげておられ、その最も重要なもののひとつが「強い力」の理論です。

素粒子の標準模型にはクォークと呼ばれる素粒子が含まれていて、これが3つ集まると陽子や中性子などのいわゆるバリオン、クォークと反クォークが結びつくと中間子になると考えられています。クォーク同士を引きつけあって、これらの粒子を作るのが強い力です。

クォークは3つの「色の自由度」を持つと考えられており、この色が電磁気における電荷に対応する役割を果たしています。この色の自由度を導入したのが南部先生でした。

また、電磁場が電荷に反応して電磁気の力を伝えるように、色の自由度に反応する「ゲージ場」と呼ばれる場を考えて、これが伝える引力のためにクォークが陽子、中性子、中間子などを作ると提案されています(Three Triplet Model with Double SU(3) Symmetry. M. Y. Han and Y. Nambu、 in Phys. Rev. 139、 B1006、 1965.
[10]A Systematics of Hadrons in Subnuclear Physics. Y. Nambu、 Preludes in Theoretical Physics、 eds. A. De-Shalit、 et al.、 133、 1966.)。

これは数ある場の量子論の中から、強い力を説明するのに最適なものを選んでクォークやその間に働く強い力を説明する理論模型を提案されたもので、モデル・ビルディングの典型ということができるでしょう。

南部先生の提案された模型は8年後にディビッド・グロス氏とフランク・ウィルチェック氏、またこれと独立に行われたディビッド・ポリツァー氏の理論的研究によって、素粒子実験で観測されていた「漸近的自由性」という現象を説明するものであることが確認され、強い力の基本理論として確立しました。

シカゴ大学。1960年代の南部氏は、ここシカゴで大きな功績を残した photo by gettyimages

新しい現象に理論が追いついた

このように南部先生は1960年代に、現在の素粒子の標準模型の基礎となっている対称性の自発的破れや強い力のゲージ理論など斬新なアイデアを生み出されました。これらの研究は場の量子論に基づくものですが、実は場の量子論の研究は1960年代には素粒子物理学の主流ではありませんでした。

1950年代に素粒子物理学の加速器実験の技術が発達すると新しい素粒子や新しい現象が次々に見つかるようになりました。しかし、場の量子論の理解が未熟だったために、実験結果をうまく説明できなかったのです。南部先生の強い力の理論を発展させたグロス氏は、私との対談の中で、当時の様子を次のように語っています。

「当時、素粒子物理は本当に金の鉱脈でした。毎月のように多くの新粒子が発見されており、新粒子や新現象の発見は難しいことではありませんでした。実験的にはすごくエキサイティングな時代で、実験家がこの分野の支配者でした。理論家はまったく無力でした。場の量子論は主流ではありませんでした。無力だったからです。物理学者にとって、計算できること、理論の限界を探れること、アイデアの正否を判定可能な予言ができることは必須です。当時の場の理論では摂動論的な手法であるファインマン図形でしか計算ができなかったので、強い力にはまったく不十分でした」

「ディビッド・グロス教授に聞く」、大栗博司著、IPMU News 第8号、2010年12月。以下の書籍にも再録。『素粒子のランドスケープ』、大栗博司著、数学書房、2012年。

【写真】デイビッド・グロスデビッド・グロス氏。フランク・ウィルチェック氏、ディビッド・ポリツァー氏とともに「強い力の漸近的自由性の発見」により2004年のノーベル物理学賞を受賞 photo by gettyimages

このように、場の量子論の研究が時流から外れていた時代に、南部先生はこの分野で様々な重要な発見をされ、グロス氏らによる漸近的自由性の発見など10年先の発展の種を蒔かれていたのです。

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