他人を助けるためになぜそこまで?

世界94ヵ国を周った中で何度かボヤ騒ぎや火災に遭遇したことがある。オランダのアムステルダムに滞在していた時のこと。世界中から若者が集まるユースホステルで深夜に火災が起きた

突然、火災報知器がけたたましく鳴り響き、ぐっすり寝ていた私は何事かと目を開けた。......が、事態がよく飲みこめずに暫く固まったまま動けなかった。そこに、同室の20代後半と思われる金髪ブルーアイで長身のノルウェー人男性、ガイル(仮名)が私の身体を大きく揺さぶった。『リエコ!起きて!逃げるんだ!』

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ベッドの上で寝袋にくるまって寝ていた私は慌てて寝袋から出ようとした。敏感肌で皮膚がかぶれやすい私は、寝る時はノーパン派で何にもつけないのだが、さすがに男女混合ドミトリーの部屋で下半身丸出しというわけにはいかず、日本から持ってきたふんどしをはいていた。

『早くズボンをはいて!急ぐんだ!』ふんどし一枚の上に慌ててジーパンをはいた私は、何を持って逃げたらいいか分からずに、パスポートや現金などの貴重品と寝袋を持って、訳もわからず猛ダッシュで外へと逃げた。

その後、ガイルは何の躊躇もなく再び煙の出るホステルへと戻っていき、まだ逃げてない人を次々と外へ誘導していく。私は寝袋を握りしめたまま、彼の勇敢な姿をただただ見つめていることしかできずに呆然とその場に立ち尽くしていた。

もし、仮に自分の大切な人、子供、親、恋人が中にいるとすれば冷静さなんて忘れて無我夢中で火災現場にも飛び込んでいくのかもしれない。でも、赤の他人に対してそれができるだろうか? 殆どの人が咄嗟にできる行動ではないと思う。

誰もが自分自身が一番大事で、異国の見知らぬ他人のことよりも自分自身の安全を確保することが何より優先になってしまうのが当たり前だろう。それなのに、彼はなぜこんなにも冷静に他人の救助を続けていられるのだろう?

「北のヴェネツィア」と呼ばれるアムステルダムの運河は世界遺産に登録されている。写真提供/歩りえこ
運河は広いので水上バスで移動することもできる。写真提供/歩りえこ