異能の将校・石原莞爾の世界最終戦争論と「一夕会」

関口宏、保阪正康のもう一度! 近現代史(2)
BSーTBSの人気番組の書籍化第二弾! 新興国・日本が経済力と軍事力に自信を深め、欧米列強に伍する新たな一等国として成り上がろうとした、野望の時代、大正~昭和11年初頭までを描く書籍、『関口宏・保阪正康のもう一度! 近現代史 戦争の時代へ』から注目の章をピックアップしてお届けします。

異能の将校・石原莞爾の世界最終戦争論と「一夕会」

昭和4(1929)年5月19日
陸軍の改革派中堅将校が「一夕会」を結成。石原莞爾は日本とアメリカが将来、「最終戦争」を戦うという、独自の構想を説いた。

関口 張作霖爆殺事件のあと、満州の実権を握った張学良は、蔣介石率いる国民党の支配下に入り、中国が統一されます。

昭和4年5月19日、永田鉄山大佐、板垣征四郎大佐、東条英機大佐、石原莞爾中佐ら陸軍の改革派中堅将校が集まり、一夕会を結成します。その下の岡村寧次、土肥原賢二、山下奉文らも参加している。加えて、張作霖爆殺事件首謀者の河本大作まで名前を連ねています。

板垣征四郎

保阪 明治の建軍以来、陸海軍は長州、薩摩の藩閥によって動いてきました。山縣有朋などがその主導者です。これに対して陸軍の改革派は、第一次世界大戦のあと、多くがドイツ留学を経験しています。もともと日本の軍隊はドイツ、プロシアを模倣して作ってきたものですから、あれだけの軍事力を持っていたドイツが第一次大戦でなぜ負けたのか、ベルリンでそういう研究をするんです。

たとえばドイツ軍が前線で懸命に戦っているのに、ドイツ国民が軍を支援せず、後方で革命だ、反政府運動だと言って戦争に協力しなかったことに問題があったとする。東条英機などはこの考え方です。そこから、国を総力戦の体制に変えていかなければいけない、前線で戦う軍を国全体で支える体制に変えていかなければいけないという発想につながっていく。

 

もうひとつ、薩摩・長州などの藩閥出身者だけが出世していくことに対する反感もありました。永田鉄山は長野出身ですし、岡村寧次も東京の人です。彼ら改革派将校が東京・渋谷の二葉亭という店に集まって会合を持ったので、「二葉会」とも言われました。

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