4500万で購入したマイホーム
郊外のベッドタウンは、近年、少子化に伴って人口減少が進んでいると言われている。しかし、家賃相場や物価が都心部よりも安いことが多く、スーパーやショッピングモールなどの商業施設が充実している点も魅力とあって、ファミリー層には未だに人気が高いのも事実だ。都心にはない大きな公園や緑地も整備され、自然環境も申し分ない。

都心から急行で60分。某私鉄沿線にあるベッドタウンの建売住宅を、大手都市銀行に勤務する37歳の前島真一(仮名)さんが購入したのは4年前。知り合いの不動産会社から勧められ、おしゃれな内装や間取りを気に入って、完成とほぼ同時に購入を決めた。
前島さんの家族は、3歳年下の妻・栄子さんと、4歳になる男の子の3人暮らし。購入した住宅は、2階に20畳ほどのリビングダイニングと和室、階下に3部屋の洋室がある、郊外でも比較的広い家だった。金額は約4500万円だ。
貯蓄はわずかであったが、勤務する銀行からの融資と親からの援助で、購入資金を工面することができた。
引っ越しの時、前島さんは夫婦そろって、近所の住人に挨拶したところ、皆さん穏やかな雰囲気で「これなら仲良く暮らせる」と感じていたという。
しかし、向かい側の家だけが様子が少し違った。ご主人ひとりが現れて前島さんに対応したというが、背後から女性の声で「こんな時に誰よ!」「忙しいんだから、とっとと帰ってもらって!」と乱暴な言葉が飛んできたのである。
「すいません、ちょっとさっきまでケンカしていたもので、妻の機嫌が悪くって。いつもはこんな感じじゃないんですけどね。まっ、これからはよろしくお願いします」
その家のご主人は頭を掻きながら、かなり恐縮して言い訳を述べていた。
(悪い人じゃなさそうだ……)
前島さんは、コメディ・ドラマに出てくるような、あけっぴろげな下町のご夫婦を想像して、心の中で吹き出しそうになっていた。
しかし、この夫婦の存在が、やがて前島さんの家族を崩壊させようとは、その時にはまったく思ってもいなかった。