「満州某重大事件 張作霖を爆殺した関東軍のどす黒い目的」

関口宏、保阪正康のもう一度! 近現代史(1)
BSーTBSの人気番組の書籍化第二弾! 新興国・日本が経済力と軍事力に自信を深め、欧米列強に伍する新たな一等国として成り上がろうとした、野望の時代、大正~昭和11年初頭までを描く書籍、『関口宏・保阪正康のもう一度! 近現代史 戦争の時代へ』から注目の章をピックアップしてお届けします。

満州某重大事件 張作霖を爆殺した関東軍のどす黒い目的

昭和3(1928)年6月4日
軍閥トップ・張作霖を乗せた列車が奉天郊外で爆発。この爆殺事件の首謀者は日本軍の河本大作大佐と判明するが、河本はむしろ英雄視される。

保阪 張作霖は、息子の張学良や側近に対して、「自分は中国の歴史のなかで漢奸と言われる存在になりたくない」と話したと言います。

関東軍の謀略により殺された張作霖

関口 要するに漢民族に対する裏切り者ですね。

保阪 漢奸という言葉は、中国で一番不名誉な汚名です。日本の田中義一内閣は、張作霖を利用しながら日本が満州の権益を握り、運営していこうと考えていました。

関口 いっぽう関東軍の思惑は、張作霖を失脚させてその軍隊を潰してしまい、関東軍が直接満州を統治しようというものでした。その関東軍のなかで、河本大作という大佐が過激な意見を述べるようになります。

 

「満州における激しい反日運動は張作霖が意図したものであって、張作霖を抹殺すればこと足りる」というのですね。

保阪 河本大作が書き残したものを読み、その発言を検証すると、関東軍が満州を直接支配するために、張作霖は邪魔者だ、というんです。満州を軍事的な空白地帯にし、そこに日本軍が入っていくと。

張作霖の軍隊には軍事顧問として日本の軍人が送り込まれていましたが、こういう顧問団の軍人の動きが、背景に見え隠れするんです。ですから張作霖爆殺事件の首謀者はもちろん河本大作ですけれども、その背後に、日本陸軍の総意があると見なければいけないと思います。

関口 6月4日の深夜0時55分、張作霖が特別列車で日本の軍事顧問とともに北京を離れると、それを知らせる暗号電報が流れています。さらに列車が進むにつれ、山海関などの要衝を通過したことを偵察者が逐次電報報告している。そして早朝5時30分、奉天の手前に差し掛かったときに爆発が起こります。

爆発直後、張作霖はまだ息があったそうですが、いち早く駆けつけた夫人と側近が奉天の邸宅に運び、「命に別状なし」と言って容態について箝口令を敷いたと。しかし、その後張作霖は亡くなっています。

保阪 張作霖が生きているとなったら、その意思を確認する必要がありますし、関東軍としても動きを止めざるを得ませんでした。

関口 首謀者の河本大作大佐は爆破事件の「犯人役」まで用意していた。対立する蔣介石軍の仕業と見せかける偽装工作をしたんですね。事件を伝える朝日新聞にも、「南軍(蔣介石軍)の便衣隊 張作霖氏の列車を爆破」と書いています。便衣隊というのはゲリラのことですね。

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