サプライズイベントが大好きな両親

また、我が家は両親ともに大のサプライズイベント好き。父は母に、母は父に、そして両親は子どもたちに、しょっちゅう楽しいイベントを思いついては、家族を喜ばせてくれていました。

たとえばこんなことがありました。父から「お父さん、東京に出張に行くことになったんや。みんな、仕事やからついて来て!」と言われ、新幹線で東京へ向かったところ、着いたのはなぜかディズニーランド。もう子どもたちは「ええーっ!?」と大騒ぎ。「なにこれ、ディ、ディズニーランドやん!!」と喜びで目を輝かせていました。

この調子で2~3年続けてディズニーランドに連れて行ってもらいましたが、何度やられてもまた騙されるんですよね。底抜けに明るい両親のおかげで、我が家から笑い声が聞こえない日はなかったくらいです。

サプライズで連れて行ってくれた東京ディズニーランド。メアリージュンさんは長女で右から二人目だ。しかしその数年後、大きな変化が…写真提供/高橋メアリージュン

ある年の休日、父がいつもの調子で「みんなで琵琶湖でも行こか~!」と言い出し、家族全員で出かけることになりました。家は滋賀県にあったので、高橋家にとって琵琶湖は身近な遊び場のひとつ。到着するや否や、いつものようにはしゃいで遊び始めました。

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父から会社の倒産を告げられた「琵琶湖会議」

私たちが湖面に石をすべらせる遊びに夢中になっていると、「みんなー、ちょっとこっちに来てくれるけ?」という父の声が聞えました。家族が集まると、父はこんなことを告げたのです。

「実はお父さんが経営してきた会社が潰れてしまったんや。申し訳ない。これからは今までみたいな暮らしはできひんし、みんなに迷惑をかけることもあるかもしれへんけど、みんな協力して頑張ってくれるか?」

私たちは、ただ黙って父の話を聞いていました。正直、それがどれほど大変なことなのか、正確に理解できなかったというのもあります。当時、長女の私は中学1年生、長男が小学6年生、次女のユウは小学4年生、末弟の祐治に至っては小学1年生という幼さでしたから。母は母で、子どもたちを動揺させないよう、気丈にふるまっているように見えました。

私たちきょうだいは「琵琶湖会議」と呼んでいるのですが、この日を境に、高橋家の生活は大きく変わっていきました。

◇突然告げられた会社の倒産という現実。中学1年生の高橋メアリージュンさんが目の当たりにした実家はそれからどのように変化したのか、後編「父の会社の倒産…高橋メアリージュンが直面した貧困の現実と「笑顔の理由」」でお伝えしていきます。

構成・文/上田恵子