2021.11.05
# 地震

11月5日 津波防災の日

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

今日、11月5日は「津波防災の日」です。これは1854年のこの日、のちに小学校の教科書にも掲載される「稲むらの火」という出来事が起こったことに由来しています。

物語の舞台は紀州広村(現在の和歌山県広川町)。1854年の11月5日、この小さな村を安政南海地震という非常に大きな地震が襲いました。この地震のマグニチュードは8.4程度とされ、前日に起こった安政東海地震(同じくマグニチュード8.4)と合わせて甚大な被害をもたらしました。

この地震では伊豆から四国までの広大な範囲で数千の人々が亡くなり、約3万件の家屋が倒壊したとされています。

この二つの地震はともに津波を伴うものでした。激しい揺れの後、しばらくして広村にも津波が押し寄せてきました。

津波のイメージ図 photo by iStock

当時村の郷士であった浜口梧陵(はまぐち・ごりょう、1820-1885)は津波から逃げ遅れた村人のために、田んぼの稲むら(藁の山)に火をつけて、暗闇の中で彼らを高台まで導きました。

浜口の努力によって村の犠牲者は最小限に留められ、このことは後の世に「津波などの災害に対する迅速な判断と行動」の重要性を説く逸話として残っています。

この話は小泉八雲によって短編小説として描かれ、のちに小学校教員の中井常蔵によって小学生向けの「稲むらの火」として描き直されています。

実際に我々が津波を避けるにはどのようにしたらよいのでしょうか。何と言っても津波を避けるには迅速な高台への非難とその判断が重要です。

2011年の東日本大震災では揺れの直後に津波警報が発表されており、そこから高さ3mレベルの津波が到達するまでには早くても約30分の時間があったといわれています。これだけの時間があれば近くの高台へと登ることができると考えるでしょう。しかし実際には、最初に到達した数十cmの津波の情報を見て安心してしまったり、津波が実際に到達してから避難を開始した例も多くありました。

大きな地震や弱くとも長い揺れのあとは津波情報に注意し、逃げ遅れないように迅速に判断することが必要なのです。

この機会に「稲むらの火」や東日本大震災など、過去の事例から学び、避難経路を確認するなど防災への意識を高めるのも良いのではないでしょうか。

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