野菜、ハーブ、魚、肉、卵……、「おいしい」をかたちにするのは、使い手の腕前と素材の力があってこそ。持続可能な方法で育てられ、大切に扱われている素材に未来を見出し料理で表現する、そんな食のプロたちを追いました。今回、料理家の冷水希三子さんは、「生きものを食べるとは何か?」に向き合い考えるため、阿蘇へ旅に出ました。

冷水希三子(ひやみず・きみこ)
料理家・フードコーディネーター。季節の味を大切にした、やさしい料理が評判。著書に『おいしい七変化 小麦粉』(京阪神エルマガジン社)、『ONE PLATE OF SEASONSー四季の皿』(アノニマ・スタジオ)など多数。

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自然の摂理に反しない。
放牧と国産飼料で育てる牛

阿蘇のあか牛生産者・井信行さんの牛舎にて。山の清々しい風が吹き抜ける、気持ちのいい場所。干し草の餌やりを体験させてもらった冷水さん。「筋がいいね」と褒められた。

料理家として日々食材と向き合う冷水希三子さん。生産現場を見に行きたい食材はあるかとメールで打診したら、数秒で「阿蘇であか牛を育てる井 信行さんに会いたいです」と返ってきた。

「これまで牛肉を食べてきて、“清らかな味”と感じたのは井さんの牛肉が初めて。阿蘇の草原で自然の草を食べ、湧き水を飲んで育ったのだとお肉屋さんから伺っていたのですが、いつかその風景を見てみたいと夢見ていたんです」

牛舎は山のそば。産山村には阿蘇を開いた神様が、産まれたときに産湯を使った場所だという神話が伝わる。

井さんが暮らす熊本県阿蘇郡産山村は熊本市内から車で2時間ほど。阿蘇山と九重連山に囲まれた広大な草原が広がる高原地帯だ。井さんが育てる「くまもとあか牛」は、日本に4種ある和牛(黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種)のうちの褐毛和種。日本で飼育される和牛の約98%は黒毛で褐毛はごく少数だ。その理由は「サシ」にある。

「みなさん和牛と言えばサシがいっぱい入った霜降りのお肉をイメージするんじゃないでしょうか。実際、日本の牛肉の格付けは主に霜降りの度合いで決められているんです。“A5ランク”とか聞いたことがあるでしょう? 黒毛はサシが入りやすい肉質なので、高値で取り引きされます。儲かるんだから、みんな黒毛を育てますよね、それは」と井さん。

かたや井さんの育てるあか牛はサシが少なく、赤身の旨味が特徴。昨今は赤身肉を好む人も増えてきたそうだが、そもそも肉の格付けが霜降りの度合いで決められてしまうので、どれだけ味がよくてもA2ランク止まりというのが実情だそう。そんななか、なぜ井さんはあか牛の飼育に情熱を燃やしているのか。

国産の大麦や小麦、米などで作る粗飼料。どれも自家栽培か地域の農家が作ったもの。国産飼料100%で牛の畜産を行うのは、日本で井さんひとりだそう。

「それは第一に、ちゃんと健康なお肉を作りたいという気持ち。霜降りの肉を作るにはトウモロコシとか穀類をバンバン与えて、短期間で太らせないといけないけど、そもそも牛は穀類を食べる生き物じゃなくて、草を食べるでしょう? 本来食べない餌を与えるのは生理に合わないわけ。不健康と言ったら怒られちゃうかもしれないけど、自然ではないよね」