野菜、ハーブ、魚、肉、卵……、「おいしい」をかたちにするのは、使い手の腕前と素材の力があってこそ。持続可能な方法で育てられ、大切に扱われている素材に未来を見出し料理で表現する、そんな食のプロたちを追いました。

今回クローズアップする菓子研究家の長田佳子さんは東京から山梨に移住して4ヵ月。「自ら育てたハーブで人を癒す菓子を作りたい」ーー変化したのは素材との向き合い方でした。

長田佳子(おさだ・かこ)
foodremediesという屋号で活動する菓子研究家。パティスリーやレストランで経験を積んだ後、YAECAのフード部門、PLAINBAKERYを経て独立。著書に「季節を味わう癒しのお菓子」(扶桑社)などがある。https://foodremedies.jp

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素材を生み出す土地に住み
素材を身近に感じたい

山の上に数年放置されていた蒟蒻畑を友人と借りて開墾した長田佳子さん。桜の木の周りに作った小さな野菜畑は、害獣除けの柵で囲っている。柵の外側にはハーブを植えて。

菓子研究家、長田佳子さんの屋号〈foodremedies〉には、「食べて元気になれるものを作っていきたい」という想いが込められている。だからといって砂糖やバターを使わないというわけではない。できるだけ体に負担が少ない素材を選び、バランスを考えて使うことが大切だと考え、使う材料にこだわってきた。北海道の小麦粉、高知のハーブ、鹿児島の果物と、体と環境に負荷をかけないような素材を厳選し、全国から取り寄せる。ところがそんな日々を送るうちに、長田さんのなかで疑問が大きくなっていった。

材料を取り寄せて作るよりも、使う材料の産地の近くに住むほうが自然なのではないだろうか。数年前にインターンとして働いたスウェーデンのローゼンダールガーデンに感銘を受けた影響もあった。バイオダイナミック農法による畑で育てられた野菜や花を、敷地内のカフェやパン屋が使うという環境。

「あんなふうに、いつか果樹やハーブのある庭とお菓子のアトリエが結びつくような暮らしがしたい」と強く願うようになっていた。もちろん都心のベランダや屋上でハーブを育てることにもトライした。でもうまく育たず、排気ガスなどが漂う都心の外気のなかで育ったハーブを使うことにも違和感があった。地面でなら育てられるのかな、ともやもやと考えていた頃、主宰している菓子レッスンが、コロナ禍によって長期休講に。

安心して人を呼ぶことができない状況が続くならば、自分が東京の外に出て、新しい暮らし方を発信していこう。そう考えた長田さんは、山や森の近くで土地を探すようになっていった。そしてようやく長野県でここぞという場所に出会うも、諸事情により断念。ところが、そこで移住をあきらめることなく、とりあえず東京を出る、と決心したのだ。

畑に足を運ぶと2~3日の間に植物の背が伸び、花が咲き、実がなっている。「ベランダで育てていたときはなかなか育たなかったのに、地植えの生命力に驚きます」

「ここであきらめたら、いつまでたっても動けなくなるって思ったんです。ずっと、いつか自然に近いところで暮らしたいと思いながらも、実際に行動には移せなかったから。今のこの勢いは必要だから、無理をしてでも東京を出ようって夫を説得しました」

ちょうど同時期に移住先の土地を探していた友人たちが見つけた山梨の土地に、ひとまず住んでみることにした。もともとイベントやワークショップ、養蜂への参加などで地方へ出かける仕事が多かったものの、それはあくまでも外部からのお客さんとして。やはり住んでみることで見える景色は変わったそうだ。

「ここに定住するなんて変わってるねえ、と近所の方々に言われながらも、同じ土地に住むようになったからこそ、私たちを受け入れてくれていると感じます。いつも散歩のときにいいなと思っていた山の上の耕作放棄地を、友人たちと借りることもできました。蒟蒻畑だったその荒地を手探りで耕し、雑草を刈り、葛や蒟蒻の根を掘り出し、枯れ木や石を拾う。素人には大変な開墾がみるみるうちに進んだのは、畑の持ち主の協力があってこそ。少しずつ畑が育ってきて、やっとここで暮らしていく、という実感がわいてきた気がします」