ラグビー界の“レジェンド”五郎丸歩が明かす、引退の「裏側」と運命を変えた2人の存在

スポーツ選手ならば必ず引退後の“セカンドキャリア”がある。五郎丸歩のような国民的ヒーローでも、新しい道に進むべき時期が来る。35歳の戦士が選んだ新しいステップは「五郎丸歩にしかできない仕事」だった。

2015年のラグビーワールドカップ(W杯)で印象的なプレーを見せ、南アフリカ撃破に大きく貢献したフルバックは2021シーズンを持って引退を決めた。彼が13年間プレーしたヤマハ発動機ジュビロは、2022年からプロチーム「静岡ブルーレヴズ」として再出発を果たす。五郎丸氏はそんなチームをビジネスで支えるスタッフとして、既に“ルーキーシーズン”に入っている。

グラウンドから離れてビジネスに挑戦する理由と思い、決断を促した周囲の声――。「ヒーローのセカンドキャリア」を率直に語ってもらった。

「コーチをしようと思っていた」

――五郎丸さんが引退後のことを考え始めたのはいつ頃からですか?

2015年のW杯が終わってからですね。

2015年W杯での五郎丸さん/photo by gettyimages

――コーチとして現場に立つ選択は当然あったと思います。タレントや解説、講演で活躍する可能性もあったはずです。なぜ今回は「スポーツビジネス」に進もうと考えたのですか?

大きな背景には、やはり2015年のW杯が終わった後の歯がゆさがあります。日本国内でラグビーの認知度が大幅に上がって、チケットも完売して開幕を迎えたにもかかわらず、空席がかなり出ました(編集注:当時のトップリーグはチームがチケットを引き取る仕組みがあり、必要とするファンに届いていなかった)

自分たちがラグビーを盛り上げて2019年のW杯につなげたい……、という思いでやってきていたにもかかわらず、そのようなことが起こってしまった。僕らの試合だけでなく、他でも沢山そういうことが起きました。色んな問題があるなと気づいたし、何よりラグビーをやってきた身として悲しかったんです。

そういう悔しさを感じている、日本ラグビーの歴史を変えた人間たちがマネジメントの世界に入って、続く選手たちのためにより良い環境を作っていく――。大きな道筋として、それはアリかなと感じました。

 

――2015年の海外移籍は、引退後のキャリアも見据えていたんですか?

引退後というより、一プレイヤーとして海外に出てみたいという思いがずっとありました。まず自分のラグビー人生を考えたとき、今がラストチャンスかなという思いでした。もう1つは15年のW杯で目標を全てクリアして、自分の中で目標がなくなっていました。その2つから海外にチャレンジしようと考えて、合計1年半くらいでしたが、海外の2チームでプレーしました。

色んなことを考えましたね。エディー・ジョーンズHCから「海外からオファーがあるからどうだ」と話をもらって、家族とも相談して「じゃあ、行ってみよう」という感じで行きました。

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