これからの伊藤選手に負け癖をつけたくない

もちろん最終ゲームの2-9から逆転勝利できるなんて思っていない。でもこの大会は、4年に一度しか開かれないオリンピック、しかも母国開催の東京オリンピックだ。負けることが明らかだからといって、ここで投げやりに勝負を捨てるような情けない卓球選手でいいのか。そんな恥さらしな姿を見せていいのか。

最終的に逆転できなかったとしても、勝負だけは途中で投げ出したくない。奇跡を信じて一縷の望みを捨てず、最後の最後まで絶対にあきらめない。「敵に勝つ卓球」ではなく「自分に負けない卓球」を最後までやり抜こうと思った。

現役生活の第一線から退くと決めている私にとって、これが卓球選手として最後のオリンピックだ。20歳の伊藤美誠選手には、これからまだたくさんチャンスがある。卓球人生の道半ばである伊藤選手には、途中で試合を放り出すみっともない負け方をさせたくない。東京で悪い「負け癖」をつけたくなかった。

2016年リオでは団体銅メダル、2017年世界卓球選手権では早田ひなとダブルスを組んで銅メダルをとった伊藤選手。現在20歳。まさに「これから」も楽しみだ Photo Getty Images
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ドイツチームの2人は余裕の表情であり、「よし、もう勝った。この試合はもらったぞ」という顔をしている。あのときそこにいた私一人だけが「まだまだ」「まだまだ」と試合を捨ててなかったと思う。

すぐ隣で「もう駄目だ」とあきらめているような伊藤選手に向かって、「1本ずついこう!」「大丈夫。まだいけるよ!」と必死で声をかけた。すると伊藤選手が私をにらんだ。「そんなわけないでしょ!」という顔をしている。

私も「まだいける」と本気で思っていたわけではない。「もう逆転は無理だろう」と心のどこかで冷静に俯瞰していたことは事実だ。だが「1本ずついこう!」と言葉を発しなければ、そこで試合は終わってしまう。心で思うことと実際にやれることは違う。口だけでもどんどんハッタリをかまし、その場の空気を盛り上げる。「ウソも方便」とばかり、試合に勝つためのポジティブなハッタリをかまし続けた。