2021年7月21日から始まり、23日に開会式を迎えた東京五輪。開始早々の7月26日、史上初の金メダルを日本にもたらしたのが、混合ダブルスの水谷隼&伊藤美誠ペアによる混合ダブルスだった。中でも注目を集めたのは、7月25日午前11時から行われた対ドイツとの準々決勝だろう。最終第7ゲーム、2-9と絶体絶命だった水谷&伊藤ペアの大逆転劇は、国中を沸かせる素晴らしい対決だった。

この東京五輪で現役を引退した水谷隼さんが執筆した書籍が『打ち返す力 最強のメンタルを手に入れろ』だ。卓球経験者である両親のもとにうまれた水谷さんが、5歳から卓球をはじめ、全日本選手権の小学生の部で優勝を重ね、14歳という若さで海外留学をしたこと、日本代表や日本のチームのこと、自身の病気のこと、五輪のことやビジネスのこと……卓球という競技を超え、大きな学びのある一冊となっている。発売を記念して本書から、伊藤美誠選手とペアを組み、日本卓球界史上初の金メダルを獲得した混合ダブルスのときの様子を抜粋の上紹介する。

前編ではその準々決勝のドイツ戦について。3ゲームずつとった最終第7ゲームで絶体絶命に立たされたとき、水谷さんは何を考え、どんな言葉をかけたのか。そして水谷さんの頭の中にこだましていた言葉とは――。

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「もう駄目だ」完全に負けムードが

そのとき、伊藤美誠選手と私は絶体絶命の窮地に立たされていた。

2021年7月25日、東京オリンピック混合ダブルスの準々決勝は、ドイツと日本が3ゲームずつ取り合い、3-3で最終の第7ゲームまでもつれこんだ。この第7ゲームを落とせば、日本は準決勝進出を逃し、メダル獲得の可能性はなくなる。

ところがドイツは第7ゲームの初めから次々と点を取りまくり、2-9までリードが広がってしまったのだ。さらに1点取られれば2-10でマッチポイント、もう1点をさらに許せば万事休すだ。

2-8から2-9に差が広がったとき、目の前が真っ暗になりかけた。
「しまった、まずいぞ……」
この局面から逆転勝利できるとは、実は私自身もとても本気では思っていなかった。私の経験上、2-9の状態からひっくり返してゲームに勝ったとことは一度もない。その場面から、ほかの選手が逆転して勝った例も見たことはない。過去の卓球界を振り返ると、2-9からの勝率は0%なのではないだろうか。

2-8から2-9へ1点取られたとき、すぐ隣にいる伊藤美誠選手のボールが軽くなったような気がした。あの瞬間、伊藤選手の緊張の糸がプツリと切れ、その場の空気があきらめモードに切り替わったように感じた。「ああ、もう終わった」「もう駄目だ」伊藤選手の顔色が変わり、卓球台の前で完全に負けムードが漂ったのだ。

2021年7月25日の準々決勝。最終ゲーム2-9のときは完全に負けムードに… Photo by Getty Images